この連載がきっかけとなって生まれた気づきの短編集『プルートに抱かれて』を、8月に発売したヘルメス・J・シャンブさん。
今回も、ヘルメスさんお得意の“小説タッチの気づきの物語”をお届けしましょう。
※2冊目の著書『道化師の石(ラピス)』も小説仕立てで、独自の世界観を伝えています。

 

単なる小説とは一線を画す、新鮮な体験!
『プルートに抱かれて』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

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ギリの物語3

赤い夕陽が水面に映るようになり、水平線に触れるか否かの時刻、新しくできたイルカの友たちと別れ、ギリはすみかに戻った。
近づくにつれ、立派な一本の松の木の枝に、祖父が止まって大海を眺めているのがわかった。ギリは、祖父の隣に降り立った。
「ただいま」とギリは言った。「今日は、素晴らしい友だちと出会ったんだよ」
「そうか」と祖父はそっけなく答えた。いつも、世間話の類いには興味を持つことがない。
「それでね」とギリは続けた。「前に、おじいさんは僕にこう言っていたよね? 壺の中にも外にも、同じ空間があるって」

すると、祖父は夕陽に染まる大海から目を逸らして、ギリを見た。
ギリは続けた。
「おじいさんは、一体、誰からその話を聞いたの?」
意表をつかれたように、祖父は目をパチパチとさせた。

「実はね」とギリは言った。「僕も、その空間を見つけたいんだ。それで、友だちのイルカたちが、誰よりも君のおじいさんからまず一度、話を聞いてみなよ、って言うんだ。それで、急いで飛んで帰って来たんだよ」
祖父は沈んでいく夕陽に再び目をやった。そして口を開いた。
「見てみなさい」

ギリが大海を見ると、空にはうっすらと闇が広がりつつあった。
「私たちは、夕陽が沈んでいくのを止めることができない。光が消えて、世界が闇に包まれる時間を避けることはできない。だが、止めようとするのは一体、誰なのか? 何ゆえに?」

普段なら、祖父の話が始まるとすぐにそっぽを向いて、どこかに飛び立ちたいと思ってしまうギリだったが、どういうわけか、この日は違った。
何か、とても興味深く、自分にとって役に立つことを祖父が話してくれているのがわかったのだった。

ギリは、祖父の口がまた開くのをじっと待った。そして、祖父は話し始めた。
「名も知らない彼を初めて見たのは、ずっと昔のことだ。だが、私は今でも鮮明にその時のことを覚えている。
冬になり、私たちは南へ向かって一斉に飛んでいた。それが当然で、私はその行為に何の違和感も持つことがなかった。
その日、私たちは一羽の鳥とすれ違った。彼は、極寒の北に向かって飛び、私たちの群れとは正反対の場所へ向かっていた。
どういうわけか、とっさに私は彼に話を聞きたくなり、すぐに群れから離れて彼の後ろ姿を追った。彼の空飛ぶスピードは尋常じゃないほど早かったが、何とか追いつくことができた。
私は尋ねた。どうして今、北に向かうのかと。これから話すことは、全て彼から聞いたことだ。いいかね?」

ギリの心はワクワクして仕方がなかった。
祖父は続けた。
「彼はまず、私に向かってこう言った。『一体、どこに条件付けという無知が存在するだろう?』。
私の頭を雷が打ったような瞬間だった。そして、彼は続けて話してくれた。『下を見よ』。
眼下には、無数の人間たちが暮らしていた。
彼は言った。『人間たちは自ら自然を奪い、消し去り、自然のない環境を作っておいて、それから自分たちの作った結果に対して、自然がないと嘆き、そうしてまた自ら自然を求めて苦悩している』と。
彼は不意に私を見ると、こう言った。
『お前の不幸の原因とは何か? 一体、誰が、何が原因なのだ?』。
その眼差しはあまりにも鋭くて、私は怖くなり、彼に攻撃されているかのようにさえ感じた。
その時ふと、私は以前、友だちになったテぺという男のことを思い出した」

「テペ?」とギリは尋ねた。
「そうだ、彼は、お前がまだ行ったことのない土地で暮らしている人間の男だが、ひょんなことから、私は彼と友だちになったのだ。
彼はとても賢い男で、私にこのように教えてくれた。『今ここにあるもの、今目の前にあるものをしっかりと知らないと、どこに行っても無駄なのだ。どこに行っても得るものはないし、本当に必要なものは、いつも目の前に存在している』と」

ギリは考え、思い巡らしてみたが、あまりにも壮大な話のように感じられた。

「テペからその話を聞いた時には、何となくしかわからなかったが、時が経ち、名も知れない無名の鳥、その彼と出会い、彼からも同じような話を聞いたことで、私の心はついにハッとなった。
初めて、私が本当に求めている道、その場所が何となく垣間見えたような気がしたのだ」

ギリは、じっと続きの話を待った。このまま終わっても、絶対に眠ることはできないだろうと思った。
祖父は、もう少しだけ話を続けた。
「私たちが今、止まっているこの松の木にも意識がある。彼は自分で移動することができない。だからこそ、この松は修行をせざるを得ない。つまり、雨や強風、地震や雷、虫食い、病気、あらゆる自然災害から耐え忍ぶことを学んでいるのだ。
なあ、ギリよ、お前はハエや蚊に生まれ変わりたいと思うか?」

「そんなのは嫌だよ」とギリは即答した。
「なら、その落ち着きのない、慌ただしい心を制御しなさい。その心の主(あるじ)になりなさい」
 ギリはハッとした。

「全てが意識で、彼らはそれぞれに学んでいる。岩もまた、苔もまた、どんな小さな虫も植物も学んでいる。この松の木は、今、私たちの話をちゃんと聞いて、学んでいるのだ」

そこで、ギリは質問をした。
「おじいさんは、その無名の鳥から、あとはどんな話を聞いたの? 彼は今、一体、どこにいるの? 今からでも会えるの?」
祖父は答えた。
『自分が“どこかに行かなければならない”という条件付けを破壊しなさい。“行かなければ、得られない”という条件付けを破壊しなさい。そもそも、“自分は鳥だ”という条件付けを破壊しなさい。そうすれば、お前はもう鳥ではなくなる』・・・彼は、私にこう言ったのだ」
ギリはまたもや、ハッとした。イルカたちの言葉がすぐに思い出された。

祖父は続けた。
「だが、実際に、私が渡り鳥たちの集合意識から離脱できたのは、それからずっと後になってからだった。
今でも、彼らは『自分たちは鳥だ』と思い込んで疑っていないし、それゆえに冬には必ず移動しなければならないとも信じて疑わない。
そんな彼らにとって、私は異端であり、間抜けな愚か者でしかない。無知な者ほど他の存在の悪口を言い、文句を言ったり、狭く、小さな塵の姿にも及ばない自己の価値観であれこれを批判する。
だが、ギリよ、よく聞きなさい。彼らは、自分たちがロボットのように動いているだけだということが、全くわかっていないのだ。それが『無知』と呼ばれる。
これがどれだけ恐ろしい悪夢なのか、まだお前はわかってはいない。
しかし、そろそろ時が来たようだ。よく聞きなさい。
昔、一羽の天使がこの地に落ちた。彼は純粋で、その無邪気さゆえに、この地に落ちてしまったのだ。その天使が家に帰る方法は、たった一つしかない。それは何だと思う?」

ギリは答えた。それは、直感のように舞い降りたアイデアだった。
「悪夢から覚めること。自分は鳥でもなく、ロボットでもないと知ることじゃない?」

祖父はうれしそうに答えた。
「ギリよ、時が来た。お前の本当の家は、この松の木ではないのだ」

 

ヘルメス・J・シャンブ
1975年生まれ。30代前半、挫折と苦悩を転機に、導かれるように真理探求の道に入る。さまざまな教えを学び、寺で修業し、巡礼の旅に出るが、最終的に「全ては私の中に在る」と得心、悟入する。数回に分けて体験した目覚めにより、ワンネス(一つであること)を認識し、数々の教えの統合作業に入る。「在る」という教えは、これまでの師たちの伝統的な教えであるため、師たちの名前を借りて「ヘルメス・J・シャンブ」と名乗り、初著作『“それは在る』を執筆。 その後『道化師の石(ラピス)』も刊行。現在は、ナチュラルスピリットでの個人セッションなどで、探求者たちに教えを伝えている。

https://twitter.com/hermes_j_s
https://note.com/hermesjs

『へルメス・ギーター』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『道化師の石(ラピス) BOX入り1巻2巻セット』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『 “それは在る』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

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