この連載がきっかけとなって生まれた気づきの短編集『プルートに抱かれて』が、8月8日に発売されたヘルメス・J・シャンブさん。
今回も、ヘルメスさんお得意の“小説タッチの気づきの物語”をお届けしましょう。
※2冊目の著書『道化師の石(ラピス)』も小説仕立てで、独自の世界観を伝えています。

単なる小説とは一線を画す、新鮮な体験!
『プルートに抱かれて』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

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薄暗い路地にて 2

脇に薄っぺらな鞄を抱えて、若者が二人歩いていた。
突然、予告もなく世界が終わってしまったかのように、がっくりと肩を落として、丸まった背中がやけに小さく見えていた。
意気消沈した二人はお互いに一言も口にすることがなく、アスファルトに視線が落ち、何も目には入らなかった。心中は穏やかではなく、むしろ台風の渦のように激しく混乱していた。

いつもの別れ道に到着して、二人はほとんど同時に足を止めた。いつもなら、「じゃあな」と軽く手を上げて、「ああ」と手を上げて答える、それで何事もなくあっという間に過ぎ去る時間が、今日は違った。

「なあ」とケンジが言った。
ん、とタカシがケンジを見た。
「本当の強さってのは、何なんだ? どういうことが、強さなんだ?」
ケンジの問いかけに、タカシは何も返答できなかった。何も言葉が出てこない。
脳裏には次々に言葉が駆け巡って思考するのだが、どれも精彩を欠いて、コントロールを失ったピッチャーのように答えが定まらない。タカシは、どうしようもできない自分に気づいていた。

「わからないよ」とタカシは答えた。「でも、いつかきっと、ケンちゃんにはそれがわかるさ」
ケンジはふと、タカシの方がずっと自分よりも強かったのではないかと思った。
作ったように笑みを見せて、「じゃあな」とケンジが手を上げた。「ああ」とタカシは答えた。

タカシが家に帰ると、食卓にはご飯の準備が整うところだった。母が「お帰り」と言い、父は無言でテレビのプロ野球中継を見ていた。優しい母が、タカシは大好きだった。
けれどもタカシは、それが当然のことのように無視をして、階段を昇って行った。その背中をチラリと父が覗き見る。
「打ったー!」とテレビの実況が吠えて、テレビに視線を戻した父が「よし!」と唸った。

家族三人での夕食を終える時、タカシは珍しく言葉を発した。
「なあ、親父」
それがあまりにも唐突で、しかも非日常的なことだったので、父はいささか身構えて「どうした?」と、低い声で応じた。
母も身構えるしかなかった。けれども、その目はどこか、宝石を扱うかのように優しかった。

「本当の強さってのは、どういうこと?」とタカシは尋ねた。
テレビの実況がまた大きな声で吠えたが、もはやそれがどういう状況であれ、重要ではなかった。父は一瞬の間を置いて、答えた。
「お前も知ってると思うが、俺は昔、オモチャを作る会社で働いていた」
タカシは、そのことは知っている、とばかりに頷いた。父は続けた。
「そこで俺が担当したのは、パズルだったよ。わかるだろう? ジグソーパズルだ」そう言って、どこか自然に表情が緩むのを家族の誰もが感じた。そして誰よりも、父本人がそこに喜びを覚えるのだった。

父は楽しそうに息子に尋ねた。
「パズルってのは、何が楽しいと思う?」
さあ? とタカシは思った。そんなことは、考えたこともない。
「わからないよ」と彼は返答した。
「お前はいつも、わからないって答えてばっかりだな」
すると、間髪入れずに母が口を挟んだ。
「いいじゃない、わからないってはっきり言えるほうが」
父は笑みをこぼした。「そうだな」そう言って、また話を続けた。
「パズルってのは、何が出来上がるのかはもうわかってる。そうだよな? もう完成図がわかってる。そして、バラバラになったピースを繋げて完成させるのが楽しいんだ」

それから父は、グラスのビールを一口飲んだ。
「そんなことはわかってるよ」とタカシはその間に言った。
「完成図がまったくわからないパズルを作り上げるのも、楽しいかもしれない。俺はやってみたことがあるからな。でも、相当な時間がかかってしまう。
なぜなら、一ピース一ピースのそれが何なのか、全然想像もできないからだよ」
少しだけ時間を取って、父がまた続けた。
「でも、完成図がわかっていれば、そんなに時間がかかるものじゃない。それに一番大切なのは、どんな順序で、どんなふうに出来上がるのかは、その時々で違うということだ。順序は重要じゃない。ただしっかりと完成させれば、それでいいんだ、そうだろう?」

タカシには、父の話の内容はわかったのだが、それで何を言いたいのか、何を伝えたいのかはわからなかった。そこで質問をした。
「どうしたら、強くなれる?」
父は笑った。「お前は話を聞いてないのか?」とおもむろに言った。
すると、母がまた口を挟んだ。
「ねえ、タカシ、どうしたら強くなれるのか・・・それは、どうでもいいの。父さんが言っているのは、まずは完成図を知りなさいってことよ。
完成図がわかっていれば、どうしたらっていう方法の全ては、いつも自然についてくる。それがどんな順番で、どの部分から出来上がっていくのかはどうでもいいの」

「だから俺は聞いたよ」と反論するようにタカシは言った。「本当の強さって、どういうことって」
父はうれしそうに、グラスのビールを飲み干した。「ああ、そうだ。お前の言う通りだ。だから俺はうれしかったんだ。お前がそんなことを考えてるなんてな」
「何か飲む?」と母がタカシに聞いた。「ジュースは?」
タカシはジュースを頼んで、それからまた父に言った。
「で、本当の強さってのは?」
すると、父はこのように答えるのだった。

「お前がそんなことを考え始めている時点で、もう本当の強さの完成に向かっている。もう、パズルは一つひとつ並んでいる。この一ピースをどこに置くか、右か左か、上か下か、もっと悩め。どうしたらいい? って、もっと悩み、苦しめ。
そうして、とりあえずはその一ピースを敷板に置くことだ。そうすれば、他のピースたちがお前に教えてくれる」
「なんて?」
「ここは違う。そこも違う。お前が今、手にしているその一ピースを置く場所はたった一つしかなくて、もうすでにその場所は決められている。全部が決まっているんだ、ってな」
「つまり」と母が言った。「パズルはもう完成しているんだ、ってね」
「そうだ」と父も言った。
「つまり、完成図自体が、出来事を通してお前に教えてくれるのさ。なぜなら、定められた置き場所以外のところでは、どのピースとも絶対に噛み合わないことになっているからな」

タカシの様子を伺ってから、父はもう一度、理解を促すように言った。
「お前の友だちも出来事も、なんであれ、それらはお前に寸分狂いなく、お前の本当の居場所を教えてくれる。なぜなら、その全てがパズルの一ピースで、完成図自体だからだよ」
「じゃあ」とタカシは確認するように尋ねた。
「俺が今日、こんな質問をしたこと自体が、もう本当の強さの完成に向かって、パズルが出来上がりつつあるってことだね?」
両親は、とてもうれしそうに微笑んだ。

「打った! 打ちました! 大きい! 大きい! これは間違いない!」とテレビの実況がまた吠えた。
「おっ」と反応して、父がテレビに釘付けになった。「行け!」と叫ぶ。
ボールが飛んで、その小さな白いボールは場外に消えて行った。
父が喜んで、息子を見た。
「見たか? ホームランのない野球なんて、有り得ないんだ」
なんでもないような台詞だった。けれどもタカシはどこか、その言葉で落ち着きと穏やかさを取り戻すのだった。
「何があったのかはわからないけど」と母が包み込むように告げた。「人には優しくしなさいね」

 

ヘルメス・J・シャンブ
1975年生まれ。30代前半、挫折と苦悩を転機に、導かれるように真理探求の道に入る。さまざまな教えを学び、寺で修業し、巡礼の旅に出るが、最終的に「全ては私の中に在る」と得心、悟入する。数回に分けて体験した目覚めにより、ワンネス(一つであること)を認識し、数々の教えの統合作業に入る。「在る」という教えは、これまでの師たちの伝統的な教えであるため、師たちの名前を借りて「ヘルメス・J・シャンブ」と名乗り、初著作『“それは在る』を執筆。 その後『道化師の石(ラピス)』も刊行。現在は、ナチュラルスピリットでの個人セッションなどで、探求者たちに教えを伝えている。
https://twitter.com/hermes_j_s
https://note.com/hermesjs

『道化師の石(ラピス) BOX入り1巻2巻セット』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『 “それは在る』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット