書籍『 “それは在る』(ナチュラルスピリット)の大ブレイクを皮切りに、意識探求にまつわる 書籍や情報を次々と発信しているヘルメス・J・シャンブさん。
今回は、ヘルメスさんお得意の“小説タッチの気づきの物語”をお届けしましょう。
※2冊目の著書『道化師の石(ラピス)』も小説仕立てで、独自の世界観を伝えています。

苦悩と恐怖を一切終焉させるのための書!
『知るべき知識の全て I 』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

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夢うつつ

さようなら、という言葉を作り出した時に、私は違和感を覚えた。どうやって、別々になることができるだろうか? それは不可能だ、と。
別れるなんて、できるはずもないのだが、それでも、この「さようなら」という言葉を用いることによって、あたかも別離が可能になるかのような錯覚に陥る。これでもう、私は無関係だ、と。

これは魔法だ、と私は思った。これまでにない画期的な作品であり、誰も想像したことすらないだろう。
「さようなら」と私は言った。すると、他者が現れた。
私は、もっと別々に、離れて行ったなら、どんな事態になるのだろう、と興味津々だった。

「さようなら」と私は言った。
一人、そしてまた一人、私から離れて行き、私もまた離れて行った。
不可思議なことに、私はなぜか、自分の存在性を感じることになった。狭い部屋に、幽閉されたかのように。
私は、ただただ自分自身のことだけを考えるようになった。

やがて、私は自分自身に対して、「さようなら」と言いたくなった。
「さようなら」と私は、自分に対して告げた。
予想外なことが起こった。私は、自分のことがひどく愛おしくなったのである。狂おしいほど、自分自身が愛しくなり、切なさに襲われることになった。私は、私を愛していた。

「さようなら」と私はもう一度、自分に対して言った。
涙が溢れてきた。
自分を失うなんて──。
自分をバラバラにするなんて──。

その断片、割れたガラスの破片に映し出されるものは何だろうか? 
私は自分の顔が、はっきりと見えないことに気づいた。必ずどこか、必ず何かが欠けていて、完成することのない物語の中で、私は一体、何を見続けていけばよいというのだろう?

そのとき涙が流れていることを知る人もいれば、まったく知らない人もいる。優しくされているのに、背中を向ける人もいる。握手が差し出されているのに、手を払う人もいる。
いつでもポケットに「さようなら」と仕込ませて、名刺のように簡単に提示することのできる世界に、私は目を滲ませて嗚咽を漏らした。

その時だった。
「さようなら」という言葉が、どれほど悲しみを背負った言葉であるか、私は理解したのである。
私は後悔した。さようなら、なんて言う必要もなかったのだと。
これは魔法ではなかった。これは魔術であり、錯覚現象で、混乱を引き起こす類のものでしかなかったのだ。

私は、糸を手繰り寄せるように、これまで離れて行った一人、また一人と再会することにした。
再会するたびに、私たちは抱き締め合い、一つとなった。会話を交わす必要はなかった。
なぜなら、私の心理状態が変化すると、不思議なことに相手の心理状態もまた同じように変化していったからである。

そもそも、私たちは決して離れることなどできず、たった一つの同じ心を共有しているだけだったのだ。
「さようなら」という言葉のゲームは終わりを迎えた。
初めから、そんなゲームをする必要などなかった。

私は青空の中にいる。目の前を、煙の尾を伸ばしてジェット機が飛んで行く。
私は雲の中にいる。瞳からこぼれた涙が、大地を潤して、新緑の森の息吹が、私の鼻腔に返ってくる。
私は川の中にいる。小魚は私の眉をつつくのが大好きなようだ。
私は雪の傘を被った山脈の中にいる。独り瞑想に耽る、敬虔な探求者の呼吸に耳を傾ける。
彼の呼吸が止まるとき、彼はサマディへと没入し、一つとなって歓喜と戯れる。

彼はあなたの隣に座っている。あなたが座っているベンチもまた、彼である。
彼はあなたが食べているパンやご飯の中にいる。持っているスプーンや箸もまた、彼である。
彼はいつも笑っているが、気づかない人の方がずっと多い。
彼はいつも励ましているが、見て見ぬふりをしている人の方がずっと多い。

愛される方がずっと簡単で、愛するというのは、本当に難しいものだ。愛し方がわからない、そうして昼寝して、気づいたら夕方になっていて、ふと決意して、電話をかけた。
「さようなら」と告げて、すぐに後悔したことが自分でもわかった。
言わなければよかったと思った。
けれども、受話器から聞こえてきたのは、優しい声だった。
「それでも、私はあなたを愛してる。いつか、さようなら、の意味が消滅してしまうまで」

彼はいつも笑っているが、その笑顔を見ることができない人の方が、ずっと多い。
彼はいつも背中を押してくれているのだが、邪険に扱う人の方が、ずっと多い。

愛するより、愛されることの方がずっと簡単で、きっと神様も無条件に愛してくれている。
神様が私を愛するのは簡単で、でも、私が神様を愛するのは、ずっと、ずっと難しいように思えるのだ。
でも、もう言わない。
「さようなら」は魔術であって、奇跡ではないから。

 

ヘルメス・J・シャンブ
1975年生まれ。30代前半、挫折と苦悩を転機に、導かれるように真理探求の道に入る。さまざまな教えを学び、寺で修業し、巡礼の旅に出るが、最終的に「全ては私の中に在る」と得心、悟入する。数回に分けて体験した目覚めにより、ワンネス(一つであること)を認識し、数々の教えの統合作業に入る。「在る」という教えは、これまでの師たちの伝統的な教えであるため、師たちの名前を借りて「ヘルメス・J・シャンブ」と名乗り、初著作『“それは在る』を執筆。 その後『道化師の石(ラピス)』『ヘルメス・ギーター』、独自の世界観を小説で表現した『プルートに抱かれて』などを刊行。現在は、ナチュラルスピリットの個人セッションなどで、探求者たちに教えを伝えている。

 

https://twitter.com/hermes_j_s
https://note.com/hermesjs

 

『プルートに抱かれて』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『へルメス・ギーター』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『道化師の石(ラピス) BOX入り1巻2巻セット』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『 “それは在る』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット