世界ではじめて無農薬リンゴの栽培に成功し、また宇宙人関係のことでも有名な木村秋則さんが、羽咋市の高野誠鮮さん(例のローマ法王にコメを食べさせた男)とお酒を飲んでいるときに、ぽろっともらした内容として、今の地球はもう12年は持たないという話はかなり知られているらしい。

これは筒井康隆氏も似たような意見をインタヴューなどで語っているが、ふたりとも地球が持たないというよりは、地球に住む人類がもたないと言いたいのだと思われる。
地球はそんなにやわではないので、人類が地球に害をなすことばかりしていると、ある時期人類を絶滅させて、地球は本来性を回復させるはずだ。そして新しく人類に似たものを増やす。

人間の役割は、地球に太陽の創造の光線をうまく取り込むための触媒のようものなので、その役割から逸脱すると、地球にとって人類は用のない存在だ。
太陽の創造の光線とは、いわゆる太陽光のことではない。このあたりを勘違いしそうな人がいると思ったので、書いておく。

木村さんの言うように、今はもう緊急時のようなものだということになると、やはりかなりの数の人がこの地球とは違う地球に移動するということを考えてみてもいいのではないかと思う。
で、しばらく前からわたしは地球は12個あると言ってきた。そもそもこれはバシャールの言い出したことだが、ジャスムスヒーンだと100個以上あるという話。

わたしが12個あると言ったのは、本来、地球と火星の間には正十二面体でできた見えない世界が成立していて、それは地球に内接する点が12個あるということからきている。
正十二面体は立体なので、その世界の中では、今の地球のように平面軌道を他の地球も仲良く回っているということではない。

12個の地球とは別の話として、シュタイナーは“感覚は12個ある”というが、どこか違う世界に移動するとは、この12の感覚がすべてそこに同調していくということを表す。
感覚こそが世界なのだから、“感覚とは違うところに、感覚には振り回されない強固な物質世界があるんだ”という理屈は成り立たない。

感覚には振り回されない強固な物質世界があるというときには、ひとつの感覚が逸脱しても、他の感覚はあいかわらず変わらないということを示しているだけで、世界そのものを示す12感覚がまるごと移動すると、本人の痕跡はこの世界にはもう一滴も残らない。

で、この感覚群の移動はいきなり全部移動するのでなく、いくつかの感覚がその新しい地球にあわせて、ずるずると移っていくということになるのだが、つまり途中までは今の地球と、新しい地球にまたがった中途半端な生き方をするという話になる。
いきなり移動することはありうるのかというと、あるかもしれないが、そのときにはその人の自我とか記憶は残らない。なので、「いきなり移動」はここでは話題にする必要はない。

仙人は生きているときに、もう違う世界にかなりの比率で入り込んでいるが、死ぬときに、残りを一気に移すという話で、この比率はどのくらいなのだろうかと興味が湧く。

といっても、これは実体験で様子を見ていればいいだけで、あちらの地球に早めに入り込みすぎると、この世界においての情報処理能力が弱まり、そもそもここに踏ん張ることで、ここに生きているので、この踏ん張りが弱いと水が凹んだ場所に流れ込むように、けっこう危ない生き方になる。
道を歩いているだけで、なぜか被害を受けてしまうようなもので、こんな状態では厭世観が強まるし、あちらの地球とこの地球を比較してしまうので、すると今までこの地球は当たり前だと思っていたのに、実はこの地球が荒廃し、暴力にまみれた世界であることに気がついてしまう。

12感覚は占星術で使う12サインと類似しているとみてもいい。違うところは、占星術の12サインは地球と太陽の関係線上に作られる黄道にねじ止めされたローカル版の12感覚と言えるものなので、12感覚ほどには広範な応用がしずらい。
地上的な意味が付着しすぎて柔軟に考えることが難しい。しかし理屈としては、12感覚と12サインは同根だ。

この世界に踏ん張る力は、火のサインである三つで、「自我の主張を表す牡羊座」「居座る力のしし座」「抵抗勢力を撃退するいて座」が必要で、特にこの火の三角が弱いと、いじめを受けたら自殺する子供のようになってしまう。

わたしたちは常に踏ん張らなくてはならず、ただ静かにひっそり生きるということはできない。そんな姿勢だと、結局うつ病になってしまい、この世に自分は必要とされていないと思うが、しかし最初から、誰もがこの世に必要とされてはいない。
この世界に無理やり割り込んだので、そこに理由や根拠がない。理由や根拠がないと生きていけない人は、この火の三角が弱いので、強化しないと、いつ死んでしまうかわからない。

で、宇宙船としての12サインが特定の時間、空間に同調する底部の装置はおとめ座で、これは視覚に関係する。
わたしたちは何かを見ている。が、この見ているというのは、それ以外のものを視界から排除しているということだ。これをおとめ座の視覚の排他制御機能と言うのだが、世界にはこれだけ膨大な映像が渦巻いているのに、どうして他を見ていないのか、というのは、おとめ座の属する土のサインの三角に入っている山羊座に関係がある。

山羊座は均衡感覚だと言われているが、これは縦横、前後、あるいは上下の均衡がとれて、ある場所にしっかり立つことができる能力だ。
この均衡感覚について詳しく書いていたズスマンがあまり言及しておらず、そしてこの12感覚論の言い出しっぺのシュタイナーが比較的強調していたのは、山羊座、あるいはその支配星の土星は、有機体とか世界を完結させ、それ以外の宇宙から切り離し、孤立させる作用があるということだ。
均衡感覚を確実にするには、より大なる宇宙としっかり切り離さなくてはならない。

たとえば、わたしたちは地球の地表に張り付いていて、この地球に張り付いているということを忘れている。地球は激しく回転しており、この地表での生存に参加するには、タイミングを見計らって縄跳びの輪の中に飛び込むように思い切ってダイブする。
そして地球の外にいたという元の記憶を失う。

小さな世界に入りこむと、そこは遠くから見るとひどく小さな世界なのに、壮大な世界に見えてくる。住めば都というような。
たぶん身体の中の細胞や内臓は、自分たちが安定した世界に住んでいて、人間の中に所属しているなどということは夢にも思っていない。内臓世界の山羊座の箱があり、そこからはもっと大きな人間は見えてこないのだ。

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