渋谷のアルカノンという場所で、3月19日に「夢と海王星」というタイトルの講座をした。その時に、スタピでもおなじみの古川陽明氏が参加していたので、古川氏のホロスコープを読んだ。
本人の活動の主軸から浮いているようにも見える特徴として、「第二ハウス」というところに金星があり、対抗の「第八ハウス」という場所に海王星。この金星と海王星は180度の関係性だった。

そもそも古川氏は蟹座の太陽・土星が重なって、それに冥王星が90度という点で、重めの題材についてどっしり真面目に勉強・研究、そして教えるということがメインだと推測されるので、この重さに比較して、金星はふたご座にあり、ずいぶん軽いこともするのだなという点で、この金星に焦点をあててかなりいじった記憶がある。

「第二ハウス」というのはお金儲けで、金星は楽しむこと、遊び気分をあらわすので、“遊び半分にお金が儲けられる”という性質になる。
真剣になったり義務を考えたりすると、もうそれは金星ではない。楽しいときだけやるのが金星だ。この金星に強い影響を与えるのが180度側の海王星で、これは夢やスピリチュアル、非局在的、アストラル的なものを示す。
つまり、霊的な力は、このお金儲けの場所にある金星に宿ることをあらわしており、あまり実務的ではない夢のようなもので、お金が入るのだ。

ただ、蟹座の太陽・土星からすると本人は真面目なテーマに取り組んでいるのだから、その知識とか理屈をお金儲けにちょっとだけ持ち込むことで、この金星のお金儲けが「根拠のある霊感商法」に変貌すると説明した。
この根拠のある霊感商法という言葉を本人は気に入ったらしく、ぼちぼちそういうことをしたいと思っていたと返答。他の人なら無理かもしれないが、古川氏ならば、金星が示すグッズ、食物などに、アストラル体の影響を持ち込み、楽しいブツをミツエシロにすることが可能だ。

金星はふたご座にあり、ふたご座とは「言語感覚」なので、霊的な意味を持つ言葉もあらわしている。その点では、古川氏が販売しているらしい祝詞などもこれに属している。
でも言葉そのものは水星であり、金星となると、もっと感性に訴えかける絵とか芸術品とかケーキとか音とか匂い、触れるものであることが多い。

「壺でもいいし」とわたしが言うと、参加者全員が笑っていたが、わたしが経験的に知っているスピリチュアルな力を込めたと称する商品は、比較的パワーストーンなどが多い。
もちろん単にパワーストーンを売るのでなく、そこに海王星の力が宿る必要がある。実際にはエーテル体を示す天王星、太陽系の外の力、あるいはメンタル体を示す冥王星などでもいいが、夢を広げるという点ではなんといっても海王星だ。

この霊的なものをパワーストーンに宿らせるというのは、そう労力がかからない。というのも、石のほうがそれを受け取ろうとして寄ってくる傾向があるからだ。
グルジエフの水素番号による物質の分類は比較的便利な指標なので、わたしはこれをかなり頻繁に使うが、絶対の物質、すなわちこの宇宙においての一なるものは「水素1」と定義される。

グルジエフの言う水素は化学で扱われる水素とは違うので、水素という言葉を使うと弊害があるので、Hとしておこう。絶対の「H1」は宇宙のすべてを満たしており、ここに区分とか分裂というものがない。
その後、いろんな物質を数字で分類するのだが、これは「分割した」という意味を持っている。振動密度が高いものは物質密度が低いという反比例の法則からすると、もっとも数の少ないH1は物質としての密度が存在しない。

人間の平均的知性、とくに地球人の思考は「H48」と定義されている。これは完全な一なる意識を 48個に割って、このうちひとつだけが目覚めており、残りの47個は昏睡していると説明したほうがわかってもらえるかもしれない。
わたしたちは一秒の間に、どのくらいの比率で目覚めているかと考えた時、一瞬だけ目覚め、それ以外の大半は何かの印象に食われており、印象の中に昏睡し、不在になっている。
この眠りとか昏睡を、物質と言う。眠っているものは動かない。机はずっと机の中に眠っており、机から目覚めはしない。でも何十年かすると、机という眠りから覚めるかもしれない。その時、机は机であることをやめる。

で、パワーストーン、たとえば水晶などを考えた時、これは「H96に食べられ」、「H384が本体」であり、「H1536を食べている」と定義されている。
この三つの層というのはハワイのカフナのように高自我、中自我、低自我と考えてもいい。食べられているというのはその物質の中に所属しており、食べているというのは、それを本体は対象化しており、つまり外面的に認識できるボディにしているという意味である。
自分をじっと見ると、そこに自分の身体があるということだ。H384は水なので、これが水晶の本体であり、ボディとしてはH1536の固い鉱物だということだ。
今日的な知性では、鉱物を見た時、高自我や中自我を見ることはなく、単純にボディとしてのH1536だけがあるとみなしている。

水晶の高自我であるH96は人間から見ると、思考のH48よりも眠りが深く、人間から見ると、だいたい「重苦しい情念」とか、「動物磁気」「電磁気」「オド」「気」のようなもので、身体よりは遥かに軽いが思考からすると重く、そこにつかまると身動きとれないような気分になっていく。

水晶はこのH96を神のように崇めており、「それに食べられるのならば、すべてを失ってもいい」と思っている。だから、人間がこの低い情念物質を発信すると、水晶はそれを必死で取り込もうとする。そして自分ではこの振動物質を加工できず、いつまでも大切に保持する。キリスト教の人が聖書を大事に持ち歩くように、水晶は動物磁気の振動を崇拝しているのだ。
水晶が記憶を保持するメモリーカードのように扱われていくのは、この性質によるのだが、記憶するのはあくまでH96であり、複雑な知的内容ではない。

おすすめの記事