PICK UP REPORT 2/スティーブン・マーフィー重松さん
マステリー(統御)とミステリー(神秘)
スティーブンさんは、米国の大学の中でもトップレベルの名門・スタンフォード大学の「マインドフルネス教室」の心理学博士。同大学に長年勤め、スタンフォード大学の変容的教育プログラム「ハートフルネス」の開発者でもあり、東西の智慧と科学を統合したプログラムも開発しています。
力を抜いてあるがままの自分を感じる
この講演では、スティーブンさんのスピーチの他に、テーマに関連した「3つのシンプルエクササイズ」が行われたのが印象的でした。
登場したスティーブンさんが英語をメインに、ときおり日本語でユーモアを交えて語りかけます。しばらくしてエクササイズに移りました。「リスペクトとはラテン語からきています。その意味することは、存在を認めること。これに関するアイコンタクトのエクササイズをしてみましょう」とスティーブンさん。
集まっていた人たちが部屋を自由に歩きまわり、目が合った人に合掌し、「サウボーナ」とあいさつすることに。「サウボーナ」とは、南アフリカのズールー語で相手に敬意を表すあいさつの言葉だそうです。
それぞれが親しみを込めてあいさつし合う「サウボーナ」という声が、そこかしこで聞こえてきます。このエクササイズが、5分ほど続きました。さわやかな風が通り抜ける和の空間との相乗効果もあいまって、気持ちが自然とオープンになっていきます。
その後、スティーブンさんのお話が再び始まりました。一貫してソフトで穏やかな口調から、彼の人柄や禅マインドのようなものがじんわり伝わってきます。
今日この講演が始まった時に時計を見たら、11:11分でした。ワンワンワンワン、犬のようですね。このようなことは、よくあることです。
合理的に説明できないこと。これが、いわゆる「ミステリー」というものです。日常ですごく不思議なことが起きるけど、私たちは忙しすぎるから見過ごしてしまう。
それに対し、「マステリー」というのは、自分でこの世界をコントロールするという考え方です。
茶道ではお茶室に入る時、武士は鎧を取って刀を置き、謙虚で弱い状態でそこに入って行きました。〝あるがまま〟の状態で。
私は大学の学生たちに、〝あるがまま〟とはどういうことかを教えています。なぜなら、彼らは「完璧でありたい、間違いをしてはいけない」という考えに囚われていることが多いからです。
精神療法である森田療法では、ありのままの自分を受け止めます。これは矛盾のようですが、自分を完全に受け入れた時に、変化が自然に起こるんです。
このようなお話を次々とした後、スティーブンさんから「Who are you?のエクササイズ」が指示されました。
部屋を歩きまわりながら、出会った人に「あなたは誰ですか?」と互いに問いかけることを繰り返し、その都度「私はこれこれこういう者です」と自己像について表明するというもの。社会的な肩書きなどではなく、自分とはどういう人間かを言葉にします。
会話にならなくてもOKとのことで、それぞれが相手とのやりとりを5分くらい続けました。みなさん、リラックスして楽しんでいたようです。
傷を美しく変化させる「金つぎ」と人生に対する「寅さんの答え」
その後、スクリーンに和の器を写し出し、解説が始まりました。
私は学生たちによく、「金継ぎ(きんつぎ)」の話をします。「金継ぎ」というのは、一度壊れた器を修復する際に、金でつなぐ方法です。
壊れたにもかかわらず、金でつなぐことで、いっそう美しくなっていくのです。
(このスクリーンに映し出されている)人間を彫刻した作品でも、金継ぎが行われています。身体の傷跡に金を塗っていくことにより、傷が癒えて美しくなることを表しています。
それと同じで、私たちは負っている心の傷に気づき、そことコネクトしていくことによって傷が癒され、自分自身の癒し手にもなっていけるのです。
このお話の後、スクリーンに映し出されたのは、映画『男はつらいよ』のワンシーン。スティーブンさんは、寅さんの映画が大好きだそうです。
中でも、今回のテーマのためにセレクトしたシーンがあるとのことで、まずは全員で鑑賞することに。禅寺で味わう昭和の世界が、なんともしみじみさせてくれます。
そのキモとなるシーンでは、寅さんの甥の少年が思い詰めたような顔で問いかけます。
「人間は何のために生きてんのかな?」と。
一瞬、言葉に窮しながらも、寅さんは「あぁ、生まれてきて良かったなって思うことが、何べんかあるじゃない? そのために、人間生きてんじゃねえか?」と答えました。
この会話をどう感じるかは、それぞれの解釈に任せられました。ここで再び、関連するエクササイズを行うことに。
ペアになり、「幸せを感じるのは、いつ?」と互いに問いかけ、答えることを繰り返します。すぐに答えられる人よりも、少し考え込む人が多いようでした。
スクリーンには月が映し出され、説明が続きます。
「人間は月のようなもの。影の面もあります。その影の面を統合すること。それは、『何のために生まれてきたのか?』『人生の目的は何なのか?』という問いかけと繋がることでもあります」。
最後にスティーブンさんが、こう締めくくりました。
「アインシュタインは、マステリーとミステリーの2つの生き方があると言いました。
1つめは、この世の中には奇跡など何もないという物の見方。合理的で分析的なものの捉え方です。もう1つは、この世の中の全てが奇跡であるという物の見方。
両方の見方を大事にすればいいと思います。私たちは全てを知ることはできません。だから、不思議なことも大切にする見方を忘れずに生きていきましょう」。
全体を通して感じたのは、頭だけの理解でなく、エクササイズを行うことで、マンドフルネスな境地を半ば体験できたこと。そう思えるくらい、自然と心がオープンになっていったひとときでした。