「奇跡のコース」のティーチャーとして絶大な人気を誇る、ゲイリー・レナードさん。最終回となる今回は、スピリチュアルな世界でよく使われる概念について、コースではどのように捉えているのか、Q&A形式でお話を伺いました。

 

「奇跡のコース」が教える生き方

──キリスト教の概念では、神のひとり子としてキリストが生まれるとあります。ゲイリーさんの新刊『イエスとブッダが共に生きた生涯』ではイエスの転生について書いてありますが、神のひとり子にも転生はあるのでしょうか? それとも、イエスとキリストは別に考えたほうがいいのでしょうか。

キリスト教ではイエスを特別な存在とみなして神のひとり子としていますが、『奇跡のコース』(以下「コース」)では、僕たちの誰もが神のひとり子であると言います。
僕たちはみないずれ目覚めますが、何に目覚めるかといえば、「完全なる一体性」にです。そこに分離はありません。一見、ここにぼくがいて、そちらにあなたがいるように見えても、それは幻想にすぎなくて、真実はただひとりがいるだけです。

「私に得られたもので、あなたに得られないものはない。私のようになれない者は誰ひとりとしていない」とイエスが自ら口にしたように、イエスにはいずれ誰もが彼のようになることがわかっていました。
イエスは自分と他の人との間に、違いを見なかったのです。唯一の違いは、目覚めへの時間のかかり具合だけです。コースの中でイエスは、自分を兄と称して、学びの手本とするようにと言っています。

コースの中で「キリスト」と称するときは、人類全員をひとりという意味合いで使っています。ひとたびスピリットの領域に行けば「神」「キリスト」「スピリット」とそれぞれに呼び方があっても、みな同じです。
呼び方の違いはこの世における意味合いの違いにすぎず、スピリットの領域で体験することには何の違いもないのです。

天国では、あなたは神とまったく同じ存在です。そう言うと高慢に聞こえる人もいるかもしれませんが、コースからすれば、むしろ自分を神と分離した存在であるとするほうが高慢です。
個としてのアイデンティティをもつことをコースではエゴと呼んでいますが、エゴは神から独立して存在するというのですから、それこそが高慢と言えるでしょう。

──スピリチュアルな世界では、よく「オープン・ハート」という表現を使います。コースではマインドを重視していて、ハートについてはあまり語られていないように思います。ゲイリーさんはハートについて、どのようにお考えですか?

『イエスとブッダが共に生きた生涯』の中に、マグダラのマリアの福音書の一節を引用しています。マリアがイエスに質問をするくだりに、こうあります。
「何をとおしてヴィジョンを見るのですか。わたしたちはそれを魂(ソウル)をとおして見るのですか。それとも霊(スピリット)をとおして見るのですか」。
それに対してイエスは、「魂や霊をとおして見るのではない。その二つのあいだにある心(マインド)をとおして見るのだ」と答えます。

つまり、マインドには選択する能力があるのです。コースでは、偽の自分であるエゴか、真の自己としての聖霊か、そのどちらかをマインドで選び、その選んだほうを僕たちは真実としてとらえるとします。
コース以外の教えの中には、マインドは問題を起こすので信用できないとして、マインドを度外視するものもあります。ですが、問題を起こすのはマインドではなく、「間違った選択」です。マインドを度外視することはできません。

コースでは、ハートは愛の象徴です。僕たちがエゴをやめたら、真の自己だけが残ります。その真の自己が愛であり、ハートが象徴するものです。
でも、より愛のある人になるというのは、コースのゴールではありません。自分はもともと愛なので、偽の自分をやめたら、もうそれになっているのです。コースでは、「あなたはまさに愛です」と言います。
その愛そのものの真の自己に、いち早く辿り着く方法をコースは提供しています。それには、エゴではなく聖霊を選ぶ必要があります。それができるのはマインドだけです。ハートは考えませんからね。

シンディさんより
コースでは、行動に対するマインドの重要性を説いています。マインドが聖霊を選んだのか、エゴを選んだのか、その選択が私たちの行動に反映されるからです。
私たちはみな、脳が考えていると思っていますが、脳は考えていません。考えているのはマインドなのです。脳はそのシンボルです。

 

──本の中でゲイリーさんは「次の転生はない」と書いていらっしゃいますが、今はどう思われていますか?

今回の生で、すべてのレッスンを終える可能性はあると思います。
コースでは、人生で起こった「結果」を赦すのではなく、そもそもそれは起きていなかったと「原因」から赦します。原因から赦すことをコースでは「奇跡」と呼び、その奇跡が千年以上もかかるような学びを肩代わりしてくれるのです。
赦しの機会はどんなものであっても、すべての過去生に通じます。スピリチュアルに成長するために何度も生まれ変わらなければいけないところを、飛び級のようにぴょんぴょん飛ばして、先へと進むことができるのです。

「コースの教えは神へと戻るひとつの方法であって、唯一の方法というわけではないが、コースは学びの時間を大いに短縮してくれる道のりである」とコースの中に明言してあり、まさにそのとおりだと思います。
そういった意味で、僕も今回の人生で転生を終えることは大いにありえます。しかしそれでも便宜上、この世に帰ってくることにはなっています。

コースによれば、未来も今回の人生もすでに終わっていて、僕たちはすでに撮り終えた映画を見ながら、メンタルで復習しているようなものだそうです。
たとえば、50人が映画を見ているとして、1人が途中でその場から立ち去っても、残りの49人は見続けているので映画はそのまま続きます。残り49人のために、その1人が最後まで追体験をする必要はありません。立ち上がって家に帰っても大丈夫なのです。
時間には違う次元があり、赦しを実践することで、聖霊はあなたのいる時空を変えてくれます。

──最後に、次回作についてお聞かせいただけますか。

今、シンディと2人でパートナーシップの本を書いています。その本を、あと2、3ヵ月で書き終えるところです。シンディは今、2冊目の本を執筆中です。ワークショップでは、僕と半々くらいの割合で話すようになり、コースの教師としてもだんだん知られる存在になりました。

僕のほうは、5冊目の本を書き始めました。まだ冒頭の部分ですが、すでにアーテンとパーサがその本のために1回、登場してくれています。おそらくあと1年以上はかかるでしょうが、これまでよりは早く世に出せると思います。
というのも、以前は年間で40週末ほどワークショップを開催していたところを、今はその半分ほどに減らしているからです。その代わり、今はシンディと2人で、オンラインのクラスを月2回開講しています。英語のみですが、世界中からアクセスがあり、家にいられる時間が増えたので、そのぶん執筆に当てています。

(この記事を書いた人/佐藤惠美子 通訳/幸田良隆)

ゲイリー・R・レナード
マサチューセッツ州ノースショア生まれ。プロのギタリストとして成功する。1987年から「調和ある修練」の期間に「呼び声」を聞き、人生の方向転換が始まった。1990年始めにメイン州に移り、そこで強いスピリチュアルな目覚めを体験する。また、啓示を受け、9年の歳月をかけて『神の使者』を執筆。その後、続編である『不死というあなたの現実』(ともに河出書房新社)と『愛は誰も忘れていない』(ナチュラルスピリット)を刊行して三部作を完結。現在は南カリフォルニアに在住し、執筆活動を続けながら、世界中で『奇跡のコース』の講演を行っている。
http://www.garyrenard.com/

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次回の来日は2021年4月頃の予定です
ゲイリー・レナードさんの来日に関する最新情報は
こちらをご覧ください
https://chronicstudents.com/events/acim

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『イエスとブッダが共に生きた生涯』
偉大な仲間の転生の歴史

ゲイリー・R・レナード著/ティケリー裕子訳/ナチュラルスピリット

『愛は誰も忘れていない』
人生への答えがここにある
ゲイリー・R・レナード著/ティケリー裕子訳/ナチュラルスピリット

 

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