重度の脳障害により、肢体が不自由になりながらも、リハビリによって意思疎通が可能になり、その突出した表現力で「奇跡の詩人」と呼ばれた、日木流奈さん。
今年2月で31歳になった流奈さんは、相変わらずの研ぎ澄まされた感性で、どんな質問にも瞬時に理路整然と答えられる賢者ぶり。
今回は、本インタビューシリーズの最終回をお届けしましょう。
※意志疎通の方法として、文字盤を指し示す流奈さんの指先の微妙な動きをお母さまが読み取って、示された言葉を口にする形で伝えてくださいました。
※このインタビューは、2019年7月に公開した〈1〉〜〈3〉記事の続きのシリーズとしてお届けします。
流奈さんからのメッセージ
──2021年の目標、または叶えたいことはありますか? 小さなことでもかまいません。
温泉三昧。
と言っておかないと、父親が動かない。
風呂はいいぞ、日本人、万歳!
──今、関心のあること、ハマっていることは?
ん~、即答できない・・・。
ダメだナ~。失格、私。
好きなことやハマっていることは、
即答しないとダメだよね。
お父さま:そういう家庭なんです。「何が好きですか?」「何が趣味ですか?」って聞かれたら、パッと答えられないと、「ダメだなぁ」となっちゃうウチなんです。
今、ハマっていることでしょ?
妹が見ているお笑い(番組)かなぁ?
目新しいものといえば、それ。
知らない世界だったから。
最近、(コロナ禍で)美術館にも行けないし、
つまらんのよね。
やっぱり、前よりも遊びに行くことが少ないから。
お店にも連れて行ってもらえないし。
──それは、残念ですよね。ところで、流奈さんは異様に聴覚が発達しているそうですが、さっき窓の外でネコちゃんが餌を食べていました。そういう気配も聞こえてしまうんですか?
だいぶ選べるようになりました。
昔は音を選ぶのが難しかったのですが、
今はだいぶ選んでいるので、気にならなくなりました。
発作の時、以外は。
発作の時は止まりません、音の洪水が。
苦しいです。
息も止まりますが、頭の中はグジャグジャなんです。
けっこう生きるの大変なんです、これでも。
でも、生きてる実感も強まるから、これも人生ですよ。
というか、私、忘れるのが早いんです。
だって今、苦しくないですから。
苦しいのはその時だけです。
今じゃないんです。
だから、たいてい楽しいことの方が多いんです。
人生なんて皆、そんなものです。
でも、たいていの苦しがっている人は、
苦しかった時の記憶を持ち続けて
苦しくない時も苦しいと錯覚してしまう・・・。
そんなの、もったいないです。
私は、どちらかというと
心の世界を覗く人たちにとっての
重石(おもし)なんですよ。
みんな浮きたがっているから、私は重石となって
私自身、肉体が有るうちは、浮かないようにしているんです。
肉体を持ちながらも心が軽くなりすぎると
この世にはいられなくなるので。
肉体を持ったままで
精神を研ぎ澄ますことが重要だと、私は考えます。
じゃないと、バランスが悪いんです。
私の体は地面にへばりついているから
充分な重石となると思います(笑)。
(この記事を書いた人/Y-MAYUMI)
過去記事はこちら
https://starpeople.jp/category/seijingoroku/hikiruna/
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https://starpeople.jp/seijingoroku/hikiruna/20190723/5042/
日木流奈
ひきるな/1990年2月11日、横浜市に生まれる。極小未熟児(1480グラム)、先天性腹壁破裂の状態だった。直後の三度の手術のストレスにより脳にたまった水が脳を圧迫し、脳障害となる。新生児けいれん、点頭癲癇の発作が出る。1991年、抗けいれん剤の副作用で白内障となり、両眼の水晶体を摘出。1992年、ドーマン法のプログラムを開始する。1994年、グレン・ドーマン博士の人間能力開発研究所の診察を受ける。1995年、文字盤によるFC(ファシリテイテッド・コミュニケーション)で、他者との意志の疎通が可能となる。1998年、自伝・詩集を手作り本『想ふ月』を自費出版。著書はほかにも『月のメッセージ』(大和出版)など。
『伝わるのは愛しかないから』
日木流奈著/ナチュラルスピリット