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日木流奈さんインタビュー/第1回 「何が起きても大丈夫!」という人が増えてほしい

重度の脳障害により、肢体が不自由になりながらも、リハビリによって意思疎通が可能になり、その突出した表現力で「奇跡の詩人」と呼ばれた、日木流奈さん。
先日、『StarPeople』のバックナンバー記事でもご紹介した流奈さんに、このたび、4年ぶりにお話をお伺いしました。
現在29歳になった流奈さんの面立ちは、精悍そのもの。文字盤を指し示す指先から紡ぎ出される言葉は、叡智とユーモアたっぷり。今でも理学療法士や看護師、ボランティア、ヘルパーの方々が入れ替わり立ち替わり訪れるという、親密さあふれるご自宅で、たくさんの質問に答えていただきました。その内容を、数回に分けてお届けします。

流奈さんからのメッセージ

──1日の中で、見えない世界からインスピレーションを受け取る割合は多いですか?

・・・答えに詰まる質問ですね。
というのは、もし私が受け取っているにしても、
他の人には関係のない話ではないかな、と思って。
と同時に、誰でも受け取っているのではないかとも思います。
人によって、それをどう表現するかの言葉が違うだけでね。

見えない世界を否定しているわけではありませんよ。
世の中には、見えない世界を感じ、
見えない世界が見えている人もいるでしょう。
でもそれは、専門知識や趣味や学習の度合い、
仕事の種類や身体能力の違いといったものと同じように、
単なる違いにすぎません。

そういう人を特別視したり、そういう話を鵜呑みにして
自ら考えたり、感じたりできなくなってほしくないのです。
私が大事にしてほしいと思うのは、今生きている“この瞬間”です。

私には、この現実の世界を生きることが
一番必要なことだったので、この状態で生まれました。
だから、見えない世界の話は専門家にお任せして、
私はその担当からは外れているのです。
日々、話すことよりも聞くことに専念しています。
自分が生きることに専念しています。
この時代、このときに起こることに、ただ向き合っています。

それでも世の中には、
目に見えない世界に触れたい人もいるでしょう。
そういった好奇心や知識欲は、否定しません。
修行したり、ワークショップに参加するのもいいでしょう。
ただ、最終的に自分を見失わないでほしいのです。
誰もが自分で感じ、自分で考えてほしい──。

その手助けなら、惜しみなくします。
原稿を頼まれれば書きますし、
お話会を開いてほしいと言われれば、開きます。
でも、それを望んでいない人たちにまで
聞いてもらいたいとは思っていません。

人には相性やタイミングというものがあり、
その人のタイミングで、相性のいい人から
伝わればいいだけの話ですから。
私の言葉は、私の言葉がすんなり入る人が
聞いてくれればいいと思っています。

見えない世界を知っていても知らなくても、
生きているときにやることはみんな同じです。
楽になることです。
楽というのは、楽しくなることです。
楽を探求し続けていれば、必ずその道は拓けてきます。
だから、試行錯誤をして、
回り道をしてもかまわないと私は思っています。
その過程さえも楽しめたらいいのではないでしょうか。

友人たちとたまに昔話をすると、
「あのときは恥ずかしかった」といった話が出たりします。
そういう恥ずかしい思いさえ
否定しない人たちと過ごすことで、本当の楽に向かえます。
必要なのは、否定しないで
受け止め合う友人たちを持つことです。

そのためには、自分が人を
否定しない人間になる必要があります。
この人は流行から遅れている、
この人は間違っている、と
他人を判断する人と一緒にいても
心地よくありませんよね?
私は心地いい人たちと一緒にいたいです。
皆さんもそうではありませんか?

自分にとって何が本当に心地いいかを、
実は誰もが知っているのに、
いろいろなものに阻まれて気づきにくくなっているのが、
今の世の中かもしれません。

私がもっぱらしてきたのは、
縁のある人たちと仲良くなって、
心地いい空間を創れる友人たちを作ることでした。
そのほうが、私の心地がいいですからね。

私が心地よく過ごすために、
友人たちも心地いい状態になってほしいという理由で、
話をしたり、聞いたりしているのです。
ある意味、急激な変化を起こすこととは無縁の
とても日常的なことをしてきました。

他人を判断しなくなると、
周りも判断しない人ばかりであふれます。
いろいろな出来事に遭遇したときに、
一緒に泣いたり、一緒に笑ったり、
ただ思いを分かち合う友だちがいる。
そういうことが、
生きることに豊かさを与えると私は思っています。

──スピリチュアルな世界では、2020年までが個人の可能性に善処する最大・最後のチャンスであり、宇宙的な意味でも大きな区切りになる年と、一部で言われています。
つまり、2020年はアセンションの年になるそうです。どう思われますか?

これから起きることに関しては、私は何も言いません。
「備えができるから言ったほうがいい」
という考え方もありますが、
それよりも、
「何が起きても大丈夫!」と思える人たちを
たくさん輩出するほうが私は大事だと思っています。

いつもお話ししていることですが、
物事というのは、事が起きているにすぎません。
それに良し悪しをつけているのは、
人間だと認識する必要があります。
だからといって、物事に対して感情を抱くな
と言っているわけではありませんよ。

大きな災害に見舞われたら、つらいし、悲しいです。
それを感じることは大事です。
でもそれは、実際に
そういう目に遭った人たちが感じることであって、
そこにいなかった人たちは、
当事者の方々に共感したり心を寄せたりはできても、
わかったつもりになってはいけません。
人の心は、同じ体験をしても皆違います。
それは災害時に限らず、日常でも同じです。

だから、人の気持ちをわかったつもりになるのではなく、
“自分は当事者ではない”という認識を強くもって、
当事者にはできないことに目を向け、
動くことが大事です。
自ら考え、感じ、行動できる人が
出てきてくれることを、私は強く希望しています。

──2013年の取材の段階では、「時代は良くなっている」とおっしゃっていました。現在、ますます先の見えない時代になっていますが、良くなっていくと思われますか?

良くなっていますよ!
なぜなら、私が行きたいところに
行ける機会が増えましたから。
問題と呼ばれるものは、
世間に取りざたされることで人々に認識されます。
認識されたら、あとは
調整していけばいいだけの話です。

パワハラ問題などは多少行き過ぎの感がありますが、
いつの時代にも行き過ぎはあるものです。
中ピ連のウーマンリブ運動もそうだったし、
宗教革命もそうでしたよね?
そこまでしないとわからなかった、ということです。
行き過ぎて、落ち着くものなのです。

災害にしても事件にしても、
起きてほしくはありませんが、
もし起きてしまったのなら、
無駄にしないように動くことがとても大事です。
それが本当の学びだと思います。
スピリチュアルな世界では、人の心の荒廃が
災害を生み出しているという考え方があるようですが、
大事なのは“起きてしまったことから何を学ぶか”です。

私は毎日を、とてもとても現実的に生きています。
私は直接的には何もしていませんが、
私の周りには「自ら動いている人」がたくさんいます。
一緒に遊ぶ仲間ではなくても、
それぞれの場所でそれぞれが活躍する「同志」
と思える人がたくさんいます。

そういう人たちに出会うと、ワクワクします。
みんなが同じことをしていないから、
この世界は回っているんですよね。

お母様のコメント/道路や施設にスロープが設置されたり、専用のスペースが確保されたり、車椅子で行ける場所が増えました。以前は、車椅子用の席が用意されていても、一般の方々で埋まっていたので、座ることができませんでした。わざわざ声をかける勇気もありませんでしたし。
最近は、警備員の方が一声かけて席を確保してくださるので助かります。設備だけでなく、人々の意識が変わってきているのを感じます。

(この記事を書いた人/佐藤惠美子)

日木流奈
ひきるな/1990年2月11日、横浜市に生まれる。極小未熟児(1480グラム)、先天性腹壁破裂の状態だった。直後の三度の手術のストレスにより脳にたまった水が脳を圧迫し、脳障害となる。新生児けいれん、点頭癲癇の発作が出る。1991年、抗けいれん剤の副作用で白内障となり、両眼の水晶体を摘出。1992年、ドーマン法のプログラムを開始する。1994年、グレン・ドーマン博士の人間能力開発研究所の診察を受ける。1995年、文字盤によるFC(ファシリテイテッド・コミュニケーション)で、他者との意志の疎通が可能となる。1998年、自伝・詩集を手作り本『想ふ月』を自費出版。著書はほかにも『月のメッセージ』(大和出版)など。

『伝わるのは愛しかないから』
日木流奈著/ナチュラルスピリット

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