2月に新刊『ヘルメス・ギーター』が発売され、スタピチャンネルの動画でも人気のヘルメス・J・シャンブさん。
今回も、ヘルメスさんお得意の“小説タッチの気づきの物語”をお届けしましょう。
※2冊目の著書『道化師の石(ラピス)』も小説仕立てで、独自の世界観を伝えています。

『へルメス・ギーター』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

スタピチャンネルで動画を公開中!

犬と猫と彼女と僕と

君は独りじゃないよ、と昔からよく言われていた。いや、時々、そんな言葉に出会ってきた。僕は独りぼっちだ、と思っていた時に。

幼い頃から動物が大好きで、犬と猫を飼っていた。もう記憶が定かではないけれど、猫は車に轢かれて死んでしまって、それからずっと犬と一緒だった。
その犬はとても頭が良くて、僕はその賢さを試すように、色々と遊びを考えたものだった。犬は外で放して飼っていて、僕が玄関のドアを開けるといつも近寄ってきて、ずっと離れない。それが大好きだった。

時々、こっそりと外に出て、ずっと遠くに離れてから犬の名前を大声で呼んだ。犬はいつも必ず、その声を聞き逃さずに僕を探し出した。どんなにどこに隠れていても、僕の声を頼りに、僕の元にやって来てくれた。
そんな遊びが大好きだった。それから僕たちは一緒に、無邪気な小さな旅に繰り出すのだった。

ある日のこと、ご飯をあげようと思って犬の名前を呼んだけれど、彼は来なかった。そんなことは一度もなかった。
彼は百メートル先にいて、ずっと立ち尽くしたまま、僕を見つめていた。一歩も動かない。少しも近寄ってこない。ただじっと、僕を見つめていた。
それから彼は、僕の予想を裏切って、尻尾を向けて去って行った。それが、彼との最後の瞬間だった。

大人になって、僕は畑仕事をするようになっていた。犬や猫を飼いたかったけれど、そんな時間もなかった。いつも疲れ切っていて、余裕がなかったからだ。
夏の終わりのある日、見かけない犬がお宮の前に座っていた。僕の家のすぐ横に小さなお宮があって、誰が建てたのかはわからないけれど、僕はそこの面倒をいつからかみるようになっていた。

犬は、じっと僕を見ていた。声をかけると近寄って来て、後ろ足の片方を怪我しているようだった。かわいそうに、と思った。僕は餌をあげた。スーパーでたくさん餌とおやつを買ってきて、彼にあげた。そして、足が治るようにと願っていた。

僕たちは仲良くなって、シヴァと彼に名付けて呼んだ。いつも一緒だった。仕事中も、仕事が終わってからも、ずっと一緒に行動するようになった。
そして気づくと、シヴァの後ろ足は完治していた。僕はとてもうれしくなって、ちゃんとこの犬を買おうと思って首輪を買って、それから町役場に行って、届出をしてきた。

けれども翌日、シヴァは姿を消してしまった。どこに行ったのかはわからない。近所のおばあちゃんたちは、「あの犬は人懐っこくてかわいいから、きっと誰かが連れて行ったのよ」と言った。シヴァは、二度と僕の前に現れなかった。

翌年の春に、僕は産まれたばかりの子犬をもらって、サンと名付けて飼うことにした。けれどもサンは、突然、病気にかかってしまったようにおかしくなって、原因もわからないまま、僕の目の前で静かになってしまった。医者は、なぜだかわからないと言うだけだった。

彼女は、花の香りを嗅ぐのがとても大好きだったから、僕はまだ息があるうちに抱き抱えて、梅の花を一緒に見つめていた。ほら、お前の大好きな花だよ、と。お前はお花が大好きだろう? と。
息をするのが精一杯だったけれど、彼女が愛しくてたまらなかった。

それから二年後の夏の終わりのある日、お宮の前に犬がいることに気づいた。シヴァもサンも白い犬だったけれど、今度の犬は茶色くて、毛が伸び放題で、その毛にたくさんの杉の枯葉が絡まっていた。
近寄ると、すぐにかけ寄ってきた。頭を撫でてあげると、その目元に森のダニがくっついていて、そのダニは血を吸って生き続けていることを僕は知っていたから、すぐにつまみ取ってあげた。
犬は少しだけ痛そうだったけれど、僕が何をしているのかをわかってくれているようだった。でも、それだけではなくて、その犬もまた、後ろ足の片方を怪我していた。

僕はスーパーでたくさんの餌とおやつを買ってきて、時には自分のご飯のおかずもあげた。
僕たちはそれからずっと一緒で、仕事が終わると毎日二人で散歩した。彼はとてもその散歩を喜んでいて、飛び跳ねるようにじゃれている姿は、ダンスを踊っているようにも思えた。
僕も一緒に踊った。息はぴったり合っていた。僕たちは幸せだった。二人きりで踊るだけで。

その犬に名前をつけようと思ったけれど、止めることにした。正式に飼いたかったけれど、やっぱり止めることにした。しばらく様子を見ようと思った。
そうして、もう僕から離れて行きそうもないと思ったから、正式に飼おうと考え直した。彼の足もまた、完治していた。

けれどもその翌日、彼は姿を消した。近所のおばあちゃんたちが、「あの犬は人懐っこくてかわいいから、きっと誰かについて行ったのよ」と言った。

仕事場にはよく野良猫がやって来て、僕はいつも声をかけるのだけれど、その猫たちはいつも逃げて行った。何も攻撃しないのに、と思うのだけれど、それが通じなくて、どの猫も必ず逃げて行くのだった。 
ずっと前から、毎日のように見かける白とグレーの猫がいて、おそらくその猫は家のすぐ後ろの林の中の、タイヤが潰れてボロボロに壊れた古い車の中で寝泊まりしていて、だからお隣さんと言えばお隣さんなのだ。

僕は、見かけるたびに友だちになりたくて声をかけるのだけれど、そうするとすぐに走って逃げて行った。近寄ると、すぐに。
どうやっても、その猫はすぐに走り去って行って、いつしか僕はもう、友だちになることを諦めていた。

そんな時、僕に彼女ができて、その彼女はよくこう言った。
「私は猫と会話ができるんだよ、だって、私は猫だから。猫と私は一つなの」
信じてはいなかった。信じられるわけがなかった。けれども、僕は見た。

ある日、彼女は家の前のテラスの椅子に座っていた。すると、そこに白とグレーのいつもの猫が歩いて来て、彼女に気づくと、ふと足を止めた。
僕は家の中にそっと隠れたまま、その様子を伺っていた。なぜなら、今僕がテラスへと出て行ったなら、きっと猫は逃げてしまうだろうと思ったから。

信じられないことに、その猫はじっとしたまま、彼女と向き合った。さらに信じられないことに、猫はゆっくりと座り、それからゆっくりとあくびをして、今にも眠りそうになった。
猫の言葉がわからない僕にも、彼女が猫と会話をしているのがわかった。時々、実際に言葉を口にして話していたけれど、窓越しには、話すたびにかすかに動く彼女の背中しか見えなくて、何を話しているのかはわからなかった。

僕は急に掃除がしたくなって、静かにモップを取り出して、家の中を歩き回った。どうして僕はあの猫と会話ができなかったのだろう、と思っていた。
僕は家の中を、きれいに掃除したくなっていた。隅々まで洗い流すように。まだ汚れていない新築の家のように戻したくて仕方がなかった。

彼女がやって来て、僕に言った。
「ねえ、猫がいたよ」
「知ってるよ」と僕は答えた。「ずっと見ていたからね」
「私は猫なの、私たちは一つなの。私とあなたも」

それから僕は答えた。
「その話は、僕が僕自身に戻ってからにしよう。違う僕は、どこかで孤立しているから」
すると、彼女はこう答えた。
「そうじゃない。そうじゃないの。あなたはもう自然に会話をしているの。だから、あの猫はあなたから逃げるの」
「いったいどういうこと?」と尋ねると、彼女は教えてくれた。

「あの子は、あなたのことが大好きだと言っていた。だから、いつも近くにいる、と。
でもあなたは、いつも自分が自然に全てのものと会話していることに気づいていない。
あなたの思いは、いつも自然に相手に伝わっている。
だから、もしもあなたが何かを自分のものだけにしようとするなら、きっとそれを失ってしまうことになるの。なぜかわかる?」

僕は、わからないと答えた。すると、彼女は優しくこう言った。
「もしもあなたが私を、自分の思い通りにしようとするなら、私たちの関係はどうなると思う? きっと私は、あなたのことを思って、自分のことも思って、あなたから離れて行くと思う。
あなたは独りぼっちじゃない。だから、何かを自分のものだけにしようとする必要はないの」

僕は考えてみた。彼女のことが大好きなのに、自分から離れていくのはどれだけ辛いことだろう、と。
そして、こう思うのだった。
「どうして僕はいつも、失うことばかり考えているのだろう?」

 

ヘルメス・J・シャンブ
1975年生まれ。30代前半、挫折と苦悩を転機に、導かれるように真理探求の道に入る。さまざまな教えを学び、寺で修業し、巡礼の旅に出るが、最終的に「全ては私の中に在る」と得心、悟入する。数回に分けて体験した目覚めにより、ワンネス(一つであること)を認識し、数々の教えの統合作業に入る。「在る」という教えは、これまでの師たちの伝統的な教えであるため、師たちの名前を借りて「ヘルメス・J・シャンブ」と名乗り、初著作『“それは在る』を執筆。 その後『道化師の石(ラピス)』も刊行。現在は、ナチュラルスピリットでの個人セッションなどで、探求者たちに教えを伝えている。
https://twitter.com/hermes_j_s
https://note.com/hermesjs

『道化師の石(ラピス) BOX入り1巻2巻セット』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『 “それは在る』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット