この連載がきっかけとなって生まれた気づきの短編集『プルートに抱かれて』が、8月8日に発売されたヘルメス・J・シャンブさん。
今回も、ヘルメスさんお得意の“小説タッチの気づきの物語”をお届けしましょう。
※2冊目の著書『道化師の石(ラピス)』も小説仕立てで、独自の世界観を伝えています。
単なる小説とは一線を画す、新鮮な体験!
『プルートに抱かれて』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット
スタピチャンネルで動画を公開中!
ギリの物語
鳥の世界では、彼のことは有名だった。信じられないかもしれないが、世界というものはいくつも、ある意味では無数に存在していて、それぞれの世界でそれぞれの物語が紡ぎ出されている。
ふかふかのセーターのように糸がしっかりと絡み合っていて、それでも空洞がいくつもそこに存在していた。次元を行き来するのは、さほど難しいことでもない。
その空洞さえ、見つけることができれば──。
一つの世界の、その鳥の世界の中では、彼は著名な小説家よりも多くの物語を残していた。
けれども、誰もその鳥を見たことがなかった。ただ伝説として、あるいは祖母から歌い継がれている子守唄のように語り継がれているだけだった。
「その鳥はいる」
鳥たちは、いつかその鳥を実際にこの目で見たいと切望していた。けれども、誰もその伝説の鳥を見ることができなかった。
「彼は、悟り鳥と言われている」
けれども、誰も彼の名前を知らなかった。
ギリ、という名前の鳥がいた。渡り鳥の家系であったが、祖父の代から、とある場所に移住することに決め、彼ら家族は渡り鳥一派から縁を切っていた。
海を臨むその展望台のような丘に、樹齢数百年という立派な松の木が一本あって、彼ら家族は、その木を中心にして暮らすことにした。
「どこに向かっても、無意味なのだ」と祖父が言ったからだ。
「何年も、何年も、同じことを繰り返してきた。けれども、結局、去年も同じことを繰り返しただけだ」と。
そうして、祖父は移動することを止めたのだった。そしてそれは、渡り鳥たちの集合意識から離脱するということでもあった。
まだ青年という歳にもならないギリにとっては、友だちとも別れることになったし、もっと飛び回り、見たこともない景色を見たいと思っていたから、祖父の話は残念でしかなかった。
「見たこともない景色など、どこにもない。見たことのある景色しか、結局は見ることができないのだ」
祖父はギリに言い聞かせたが、ギリの心はまだ熟達していなかった。
「どうして? 向こうの島に行ったら、きっと見たこともない花が咲いているかもしれないよ」
「いいや」と祖父は断固として譲らなかった。「その考え方が、同じことを繰り返すのだ」
けれども、ギリにはやはり意味がわからなかった。
ある日、ギリが低空飛行で大海すれすれに飛んでいると、眼下にイルカの群れを見た。おそらく、二十頭はいるかもしれない。
彼らは時折、海から飛び跳ねるように泳ぎ、泳ぐことに喜びを感じているようだった。彼らの集団は優雅で、華麗で、時には空を飛んでいるようにさえ見えた。
「どこに行くの?」ギリは尋ねた。
「どこにも」
「どこにも?」
「そうさ、僕たちはどこにも行かない」
「まさか」とギリは疑問に思った。「どこにも行かないなんて、あり得る?」
「君だって」とイルカの一頭が答えた。「結局は、どこにも行くことなんてできないのさ」
ギリは考えてみたが、よくわからなかった。
「でもね」とイルカは言った。「それが不幸だ、という意味ではないんだよ。むしろ、それは幸福なことなんだ」
すると、その台詞を表現するかのように、数頭のイルカが互いにじゃれ合うように交差して飛んだ。
「君たちも飛べるんだね」とギリは彼らの速度に合わせながら飛んだ。
「飛べない生き物はいないさ」
「ほんとうに?」
「君にとって、飛ぶことが当たり前であるように、可能性とか希望とか願望とか、いくらそんなことを思っても、むしろ空から墜落してしまうだけなのさ」イルカは続けた。
「僕たちは、飛んでいるなんて思っていない。ただ楽しく泳いでいるだけなのさ」
ギリは、ふと思った。僕も、この海を泳ぐことができるだろうか?
「もちろん、できるさ」とイルカは、テレパシーでも受け取ったかのようにすぐに答えた。それは特定の一頭の声というよりも、みんなからの意見のように聞こえた。
「でも繰り返すけど、可能性とか希望とか願望とか、そんなことを思ったなら、君は空からも落ちてしまう。そうして、実際に天使がこの地上に落ちたようにね」
躊躇などなかった。ある意味、ギリは欲求不満だったので、発散したいと思っていたのだ。
彼は即座に、そのまま大海に突っ込んだ。モリで魚を突き刺すようなスピードで、水飛沫さえほとんど上がることがなかった。
大海の中で、半円を描くように潜って、それからギリは大海の上に姿を現した。
「ほらね」とイルカが言った。
「泳いだ!」とギリは、文字通り、飛び跳ねた。
それが仮に、数秒だったとしても、ギリにとってはとてつもない喜びであった。
「これで、君たちと一緒に泳ぐことができるね?」
「ああ」とイルカたちは答えた。「僕たちも君と一緒に空を飛ぶことができる」
それから彼らは一緒に、半時間ほど、ゆったりと遊んだ。
イルカは言った。
「心に余裕がなければ、決して新しい発見はできない」
ギリは感心した。そうだな、と思った。
「でも、僕が話しているこの話はね、実は鳥から聞いたものなんだ」イルカは続けた。
「彼の名前はわからないけど、確か鳥の世界では有名な鳥だったと思うよ」
「ああ」と仲間のイルカが補足した。「そうさ、実のところ、彼のおかげで僕たちは、こうして空を飛ぶことができるようになったんだからね」
ギリは尋ねた。
「ねえ、その鳥は、今はどこにいるの?」
「さあ、わからない」とイルカは答えた。
すると、もう一頭のイルカが言った。「世界の中で、空洞を見つけるのさ」
「空洞?」
「ああ。この世界には、どこにでも繋がっている秘密の空洞がある。その場所を探して見つけるんだ。そうすればきっと、彼のほうが君の元にやってきてくれる」
「それはどこにあるの?」とギリは尋ねた。
イルカが、心なしか微笑んでいるのが感じられた。そして、こう答えた。
「君の中だよ」
訳がわからずに戸惑っていると、別なイルカが言った。
「見つけると、彼が君の元にやってくる」
ヘルメス・J・シャンブ
1975年生まれ。30代前半、挫折と苦悩を転機に、導かれるように真理探求の道に入る。さまざまな教えを学び、寺で修業し、巡礼の旅に出るが、最終的に「全ては私の中に在る」と得心、悟入する。数回に分けて体験した目覚めにより、ワンネス(一つであること)を認識し、数々の教えの統合作業に入る。「在る」という教えは、これまでの師たちの伝統的な教えであるため、師たちの名前を借りて「ヘルメス・J・シャンブ」と名乗り、初著作『“それ”は在る』を執筆。 その後『道化師の石(ラピス)』も刊行。現在は、ナチュラルスピリットでの個人セッションなどで、探求者たちに教えを伝えている。
https://twitter.com/hermes_j_s
https://note.com/hermesjs
『へルメス・ギーター』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット
『道化師の石(ラピス) BOX入り1巻2巻セット』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット
『 “それ”は在る』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット