
生命は7つの層でできており、感覚は12個でできている。この時に生命の7つの層は、みな同じものではなく地球人とか宇宙存在とか、さまざまな振動差があり、基本的には振動密度が低いものは高いものを対象化できない。つまり、その存在を発見できないということだ。
で、宇宙の階層を振動の高いものから並べると、全宇宙、全太陽、太陽、惑星を抱え込んだ太陽、全惑星、惑星、月あるいは火、空気、水、固形物(土)という順番になる。
太陽と、惑星を抱え込んだ太陽は違うのかと疑問に感じるかもしれないが、より上位の意識に対して受け皿の月としての太陽と、下にある惑星に向けた太陽は違う。これはヘルメスの「太陽は上に対して月であり、下に対して太陽である」という言葉をそのまま反映させたものだ。
グルジエフの食物エニアグラムでは、外部から取り入れる扉を意味する9の数字の位置に、固形物(H768)が配置され、これをドの音とすると、水、空気、火、惑星、全惑星と続き、惑星を抱え込んだ太陽がシの音になり、これで7つの層になる。
地球人は食べたものでできている。外部から取り入れる固形物が、固形物としての肉体を作る。生命は7つの層でできていると言うことは、この地球人間は進化の上限が太陽系にとどまり、その外に行くことはできない。
太陽系の中にある惑星は、常に自転・公転しており、ひとときも休まない。で、物質というのは、意識の自己分割によって作られていくので、固形物としての身体は、分割の果て、限定性が極端化されたもので、「いま・ここ」という限られた場所にしか存在せず、寿命も著しく短い。
これは常に回転する惑星の上で、限られた地域にしか存在しえない生命のありかたで、惑星の上にしか住むことができないということなのだ。
太陽系の外の恒星は、太陽系の中の惑星のように常に動き回っているわけではない。惑星は惑う星で、恒星は恒久的に存在する星なのだ。グルジエフのエニアグラムの外界との唯一の扉である9の位置は音階のドの音だが、下のドは固形物を外界から体内に取り入れる。
一方で、上のドは太陽系宇宙から見ての外宇宙としての恒星が割り当てられる。たとえば、地球に住んでいる眠りこけたスターピープルが、自分のことを思い出すと、故郷としての恒星が存在の基点になる。
自分はシリウスbから来たなどと思い出してしまうと、その人は、このシリウスを軸にして、生命の7つの層を再構築する。生命は7つの層でできているという原則からすると、9の数字の恒星をドの音にして、降りて行き、7番目はエニアグラムの2の数字に配置されている水(H384)が低限となる。
本人からすると、これが土の元素を示す肉体であるが、地球の大地を踏みしめて生きている人からすると、水の元素にしか見えない。上に伸ばしたので、下が寸足らずになったのだ。
このように目覚めたスターピープルは、固形物(H768)を外部的なものとみなし、自分の生命の7つの層には組み込めなくなり、いわばコートとか着脱可能なものとみなすのだ。
すると、目の前にあるモンブランケーキとか、ココイチの3辛カレーとか、デニッシュとか、ペペロンチーノのスパゲティとかをじっと見て、果たしてこれを体内に入れていいのかどうか躊躇の気持ちが生まれる。
というのも固形物の物質は、地球の大地に根付き、時間と空間の尺度において限られた場所にしか存在しないものだ。記憶を失ったスターピープルが、どうして記憶を失ったのかというと、この限られたところにしか存在しないものに自己同一化することで、継続する意識はとぎれとぎれになるからだ。
固形物を体内に取り入れることが、記憶を失う大きな要因でもあると気がつくと、たとえ贅沢な肉料理を目の前にしても口に入れることに抵抗感は必ず出てくる。これを食べたら、シリウス人であったことをまた忘れてしまうのではないか、と。
実際に食べると、記憶は失うが、多くを失うことはない。しかしずっと大食いを続けると、シリウス人であることが現実味を失い、大地に根付く存在に戻ることは確実だと思う。
そこで、地球に間借りしているスターピープルは、食事についていろんなことを試したりする。食事に工夫を加える主義者たちで良く知られているのは、ベジタリアン(Vegetarian)という菜食主義者、ビーガン(Vegan)という純粋菜食主義者、フルータリアン(fruitarian)という果食主義者、リキッダリアン(liquidarian)という液体食のみを摂取する主義の人。
最高の過激派はブレサリアン(breatharian)という気食主義者。 ベジタリアン、ビーガン、フルータリアンは固形物を食べている。
そもそも宇宙にある物質は、すべての要素を含んでいる。だから、固形物(H768)の中にも水、空気、熱、思念、宇宙意識などはあるが、ただ物質の階層によって、それぞれ含有率が異なる。
空の雲だって、この中には岩のような物質成分は微量に入っているはずだし、マンションの一階がレストランで、昼時間になると食べ物の匂いが漂ってきて、それを吸えば、分量は少ないにしても、無料で料理を食べたも同じだ。レストランで調理している人で、もう何もいらないと主張する人もいるはずだ。
ブレサリアンはプラナを呼吸を通じて食べると言うが、物質とは意識が自己分割して作りだすものなので、プラナのみ食べている人でも、その振動密度を分割して、低い振動に変えていけば、肉体の再構築は不可能ではないと思う。
固形物を失っても、生命の7つの層が確実に確保されていれば、その存在はずっと生きて行く。それどころか、低い振動の固形物が少ないほど非局在性、不死に近づく。
死とは、限られたところにしか居られないから、すぐに世界から忘れられていくという意味で、固形物を食べているから死ぬと考えてもいい。
固形物を失うことで困ることと言えば、地球で固形物として生きているからこそ見えてくる人、動物、建物、海、大地、自動車、パソコンなどの映像が消えてゆき、この地球情報が入ってこなくなることだ。入ってはくるが、見え方がまったく変わってしまい、もののサイズも形も可変する。
スターピープル、あるいは仙人は、固形物の比率が自分の中でどんどん減っていくことを自覚するし、半分固形物を取り入れた生存をどうやって続けるか、つまり、どうやってごまかすかを意識的に考えるようになる。そのことを何も考えないで暮らすスタピはいないと思われる。
わたしの場合には、食事についてはあれこれいじりすぎて、わけがわからない状態かもしれないが、しかしわたしは十分にお年寄りなので、すると、横山大観のようなリキッダリアンも不自然に見えない。周囲にはそういうお年寄りがたくさんいるからだ。
あまり純度の高くないリキッダリアンなら、スムージーだけという人もいるだろうし、なんといっても、森美智代さんのような青汁一杯生活の先例もある。
数年前に、実験で、大高酵素のみ摂取していた時期もあるが、ずっとこれで十分と思う人はたくさんいることを知って驚いた。世の中は偏食の人だらけで、インタビューしてまわると常識を疑う人が数知れず登場するだろう。工夫して、自分独自の偏食生活をするのが勧められる。
なんせこれは記憶を維持することに関係する。世の中で言うバランスいい食事を続けると、記憶はどんどん失うが、しかし失った人はもう失っているのだから、そのことを自覚しない。
バランスのいい食事は、大地に根付いて暮らすのに適しているが、恒星を軸にして7つの層を再構築したスターピープルを完全否定した姿勢で考えられている。地球に住むスタピは二度と埋もれないように、さまざまなものに抵抗しなくてはならないのだ。
松村潔
まつむらきよし/1953年生まれ。占星術、タロットカード、十牛図、エニアグラム、ライフシンボルなど、 いくつかの手法を活用して講座・研究会などを開催。アカシックリーディング等でも、タロットカードや占星術を併用すると安定性が高いという考えから、ツールの複合性を提案している。『わたしの運命がわかる地球星座占い』(角川書店)、『ディグリー占星術』『三次元占星術』(以上、説話社)、『土星占星術講座』(技術評論社)など著書多数。
http://www.tora.ne.jp/
『夢を使って宇宙に飛び出そう』
存在の4つのフェイズを縦横無尽に探究する
松村潔著/ナチュラルスピリット
『分身トゥルパをつくって次元を超える』
秘教の体系と神秘体験から見出した不死の身体とは
松村潔著/ナチュラルスピリット

