重度の脳障害により、肢体が不自由になりながらも、リハビリによって意思疎通が可能になり、その突出した表現力で「奇跡の詩人」と呼ばれた、日木流奈さん。
2020年11月末に、久しぶりにお会いした流奈さんは、相変わらず曇りのない聡明さと研ぎ澄まされた感性で、どんな質問にも瞬時に理路整然と答えられる賢者ぶりが健在でした。
今年2月で31歳になるという流奈さんのインタビューを数回に分けてお届けしましょう。
※意志疎通の方法として、文字盤を指し示す流奈さんの指先の微妙な動きをお母さまが読み取って、示された言葉を口にする形で伝えてくださいました。
※このインタビューは、2019年7月に公開した〈1〉〜〈3〉記事の続きのシリーズとしてお届けします。
流奈さんからのメッセージ
──2020年は新型コロナが起きた特別な年となりました。現在の世の中を、どう思いますか?
見た通りですね・・・。
みんなが思ってる通りのことだと思います。
みんな、っていう言い方、漠然としてますね。
どう言えばいいかわからないんです、実は。
コロナはとても大きな出来事だけど、
やっぱり私の中では、
“事がただ起きている”としか思えなくて。
大きな事が起きたのはトピックスではあるけど、
毎年、何かしら起こってますよね?
だから、その一環にしか見えなくて。
特別だけど、特別ではない。
むしろ、今まで人々が、
事が起きた時に体験し、準備してきたこと、
心の成長が活かせるチャンスでもあると思っています。
ただし、世の中の人たちの大変さや苦労や、
力を尽くしていることには、
とても思うところはあります。
亡くなった方や後遺症に苦しむ方たちは、
本当に大変で、お気の毒だと思います。
その当事者たちは、そのことで多くを学び、
心を揺り動かされ、人生の糧を得ると思います。
そういう出来事に対し、つらいとか悲しいという思いは
無くしてはいけないことです。
それでも、物事というのは、ただ起きているのです。
それに心を動かされるのは、
人間(ひと)の想いがあるからなんです。
だから、起きた出来事は、
物事の大きさが重要なのではなく、その出来事を経験し
味わった人たちがどう成長したかが大切であって、
次の出来事が起きた時、どんな状態になっても
対処できる心を育むことが大事だと思います。
何度も言いますが、
起きた出来事に対して心が動くのは当然のことで、
苦しんだり悲しんだりしていいと、私は思っています。
3.11(東日本大震災)の時もそうでしたが
当事者の苦しみは、
その人たちでなければわからないことがあります。
だから私は、その人たちの苦しみを
知ったふりはできません。
ただ、推しはかることはできます。
そして寄り添い、思いを聞くことはできます。
私の場合、起きた出来事は自分なりに消化して
楽しむことにしています。
私のように、人と会ったり、
出かけたりすることが大好きな人間にとって、
コロナが起きたことは残念な出来事ではあります。
でも、ただそれだけなんです。
私も、かかるかもしれません。
実際、私のウチに来ている、
ヘルパーさんの同僚の人もかかりました。
ヒタヒタとコロナさんが迫っている感じですよね。
私はいつも思うのですが、物事に対しては、
「正しく恐れる」必要があると思うんです。
やれることはやり、
それでも事が起きてしまうこともあるんです。
だから私は、出来事を受け入れる覚悟を持ちながら
“その状況下でいかに楽しむか”を
見い出すことをしています。
私だけでなくて、我が家の人たちみんなもですけど。
事が起きた時にできることは、
その出来事によって違います。
人によっても違います。
それぞれが皆、強い意志を持って
自分のできることをやり続け、
それでもその環境の中で
楽しみを見い出していくことは、大切な気がします。
今までやったことないことを、
やり始めるチャンスでもあるんです。
たとえば、私の母は「通販」と
「Go To Eat」のやり方を学びました。
でも、学んだとたんに
キャンペーンが終わっちゃいましたけど。
お父様が語る「コロナ禍での流奈さんとの日々」
──家族で過ごされる中で、ここ最近で印象深い流奈さんとのエピソードはありますか?
「Go To Eatキャンペーン」に母親がハマってたので、家族で焼肉屋さんなどに予約をして食べに行ってたんです。
流奈は「お祭り男」なので、楽しい場所に出かけるのは大好きなようで、「Go To Eatは楽しいねぇ」と喜んでいましたね。
こういうキャンペーンも含め、コロナ禍の世の中をいい意味で楽しんでいる感じですね。──新型コロナのことを知った時、誰もがショックを受けたわけですが、流奈さんは、どのような反応をされましたか?
この人は、どこで何が起きようと、それほど大きく影響を受けることはないようです。
もちろん、ウイルスであれば、ウイルスって怖いものだよねと認識はしますが、人が亡くなることは別にして、流奈としては、それでどうこうではないんです。新型コロナの世界的流行が、何かしらの影響を与えるということでもなく、コロナ問題があろうとなかろうと、普通にしている感じですね。
──当時、日本にとっては非常事態で、世の中的には緊迫感が漂っていましたが、流奈さんの場合、淡々と受け止めていたのですね?
そうだと思います。そんな中で、家族としては、外からウイルスを持ち込まないよう、マスクやフェイスシールドをしたり、アルコール消毒を徹底したりして、いろんな情報を調べて対策しました。
事はすでに起きているから、それにどう対処するか、でした。これは私の思うことですけれど、2019年の冬まではインフルエンザが警戒されていて、新型コロナはまだ出現してなかったわけです。
でも、現在はソーシャルディスタンスで、密にならないようにしよう、飛沫を防ごう、手を洗おう、換気をしよう、ということで、それが来年、再来年のインフルエンザを防げるのだと知ることができました。何に気をつければ、感染せずにすむのか、そういうことを一つひとつ知ることができたし、今までとは違う環境を受け入れて、その中で「楽しみを見出していく在り方」が大切だと感じています。
(この記事を書いた人/Y-MAYUMI)
https://starpeople.jp/seijingoroku/hikiruna/20190723/5042/
日木流奈
ひきるな/1990年2月11日、横浜市に生まれる。極小未熟児(1480グラム)、先天性腹壁破裂の状態だった。直後の三度の手術のストレスにより脳にたまった水が脳を圧迫し、脳障害となる。新生児けいれん、点頭癲癇の発作が出る。1991年、抗けいれん剤の副作用で白内障となり、両眼の水晶体を摘出。1992年、ドーマン法のプログラムを開始する。1994年、グレン・ドーマン博士の人間能力開発研究所の診察を受ける。1995年、文字盤によるFC(ファシリテイテッド・コミュニケーション)で、他者との意志の疎通が可能となる。1998年、自伝・詩集を手作り本『想ふ月』を自費出版。著書はほかにも『月のメッセージ』(大和出版)など。
『伝わるのは愛しかないから』
日木流奈著/ナチュラルスピリット