こんにちは。悟りをテーマに活動している、ドルフィニスト篤です。
今回も、私の師匠であるマスター・ゲート氏の教えを交えながら、日常の中で目覚めていくためのポイントを、悟りの観点から綴っていきます。

自分独自の善悪観が生む余計なストレス

日常で囚われがちな「良い、悪い」「正しい、正しくない」という価値判断。私たちは目に見えるこの現実に価値をおき、それに囚われているために「現実をより良くしたい、正しくありたい」と望みます。

例えば、コロナ禍において、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、マスクの着用が要請されています。
(“感染拡大防止のために着用した方がいい”という前提で話を進めます)、そんな中でマスクをしていない人を見ると、

「なぜ、あの人はマスクをしないんだろう!」
「人のことを考えないやつだ!」
「常識外れだ!」
などなど、あれこれと批判する気持ちが沸き起こった経験をされた方も多いかと思います。

「私はちゃんとマスクをして、決まりを守っているのに、なんであの人は守らないんだ!」
「マスクをつけないあなたたちのせいで、コロナが収束しないんだ!」
と心の中でつぶやくわけです。
なぜ、そのような批判的で、許せないという気持ちが沸き起こるかというと、「新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためには、マスクを着用するべきだ!」という価値判断を、強く自分に課しているからです。

私たちは、自分が守っている決まりやルールを無意識のうちに他人に要求してしまい、守らない人がいると批判的になり、許せない気持ちになります。
自分に許していないことを他人がしているのが許せないのです。

「私がやっていることを、あなたもやるべきだ!」
「私が不自由ならば、あなたも不自由でいるべきだ!」と思ってしまうのです。

悟りの観点では、私たちの意識は「大自由」なのですが、大自由の私が拘束されて自由がないと判断するとき、他人の自由も許せなくなるわけです。

そうなると、決まりを守っていない人がいると批判的になり、許せなくなって、本来は受けなくてもいいストレスを受けることになってしまいます。
このように、自分の善悪観に閉じ込められているとき、それによって分離を生み出し、自らがストレスを受けることになるのです。

恐怖心から追い求めてしまう理想像

自我には、この現実をより良くし、正しくしたいという欲があります。
その欲があるとき、「こうであって欲しい!」という理想像を心の中で作り上げています。
先ほどの例では、「新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためには、全員がマスクをちゃんと着用するべきだ!」というのが理想像です。

そして、その理想像は良いものであり、正しいものだと信じているので、それを他人にも当てはめ、理想像のようであって欲しいと求めます。
良いものであり、正しいものだと信じている理想像に囚われてしまい、無意識のうちにその理想像を自分にも他人にも押し付け、不自由を強要しているのです。

そして、理想像の現実化が叶わないとき、その状況を受け入れることができなくて、他人を許せず、批判したくなります。それを批判することで、自己を正当化して守ろうとするのです。

理想像の現実化が叶って、一時的に欲が満たされ、心が平穏になるときがあっても、しばらくすれば、また別のことが気になったり、不安になるので、また新しく見つけた案件を「良くしたい、正しくしたい」と願うようになります。

理想像を叶えようとする欲求には、際限がありません。
私たちは、その欲が恐怖からやってきていることに気がつかなければいけません。その欲を手放さない限り、永遠にそれに縛られ、振り回され、混乱することになるのです。

より良く正しくしたい思いは自己批判へと向かう

マスター・ゲート氏は、次のようにおっしゃいます。

偏狭で独断的な硬直した善悪観は、みなさんの足を引っ張るかもしれません。
みなさん自らが、存在について受容し包容しながら理解する、成熟した道を選択しない限り、他の人に対する偏狭な観念が何回もの生涯にわたって、みなさんに付きまとうかもしれません。

このような硬直した思考は、まるで子犬を一定の半径内でのみ動くように作ってある、首につなげたロープのようにみなさんを拘束します。

この場合にみなさんは自分の善悪観と戦いを繰り広げ、混乱と疑心、心配の中で足踏み状態を続けながら、数多くの生涯を送るようになります。

また、その人と同じ関心事を持つ人たちを周辺に引きずり込んでいくものなので、周囲の友だちと知人も、同じ問題を持った人たちで集まるようになっています。
言い換えれば、現在みなさんの善悪観は非常に硬直しており、それがために現実をきちんと理解できずにいます。

多くの人が特別な理由なしに、自ら罪悪感を持って自分を拘束します。
悪を憎む人が、事実上また他の悪を創造しているために、みなさんの周りには悪が溢れかえっているように見えるはずです。

この現実をより良くし、正しくすることばかりに関心が向かい、エネルギーを費やしがちですが、それは人類全体が催眠にかかっているようなものです。
これを続けることがいかに不毛であるかを理解したとき、この繰り返しの縛りから抜けることができます。

なぜ、現実をより良くすること、正しくすることばかりに関心が向かってしまうかというと、ありのままの自分を受け入れ、許すことができず、そんな自分は良くないと批判し、否定するからです。

そして、その否定的な自己イメージを持っているのが苦しいので、そこから逃れるために、また「より良くすることや、正しくすること」に関心を向けて走ってしまうのです。
しかし、努力をしても、理想像のように完璧にはならないので、再び自分自身のことを悪いと批判し、否定してしまうという悪循環に陥ってしまいます。

これを繰り返していると、すっかり自信を失い、心の中にある混乱や疑心、心配を映し出した世界を生きることになるのです。

抜け出すには、ありのままの現実を受け入れる

これらは、すべて自分で作り出しているドラマに過ぎないのですが、どうすればこの悪循環から抜けられるでしょうか?

そのためには、この現実を理想像のように「より良くし、正しくしよう」とするのではなく、目の前のありのままの現実を受容し、包容し、理解していくことです。
理想像という呪縛から抜けて、今というこの瞬間に、ありのままの自分自身をもっと受け入れ、許容し、愛していくのです。
現実は、ありのままの私でも、何も問題がないのです。

自分が自分を許すとき、心の奥深くからリラックスすることができ、「この現実をより良くし、正しくしたい」という強迫的な欲が消えていきます。
そして、「いい、悪い」「正しい、正しくない」という価値判断に囚われなくなり、理想像という善悪観から解放されるのです。
悟りの観点では、「良い、悪い」「正しい、正しくない」は存在せず、幻想です。

ありのままの自分自身を許していけばいくほど、他人をジャッジすることがなくなり、自然にストレスを受けなくなっていくでしょう。
それには、自分と物事をありのままを受け入れ、許容し、愛することが鍵です!

 

ドルフィニスト篤
ドルフィニストアカデミー主宰。京都大学理学部物理学科卒業。京都大学院理学研究科物理学専攻、修士課程修了。2001年より、イルカのスピリットをチャネリングする綾子夫人と共に、イルカのように生きる「ドルフィニスト」を提唱し、全国にて講演活動を行い、人々の目覚めやヒーリングに従事する。現在は悟りのコミュニティにおいて、鋭い論理と慧眼で悟りへと導いている。著書『悟りハンドブックー〈私〉を思い出すこと、それが悟りです!』(ナチュラルスピリット)。

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『悟りハンドブック』
ドルフィニスト篤著/ナチュラルスピリット

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『悟りの錬金術』
マスター・ゲート著/アン・テファン訳/ナチュラルスピリット

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