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荻久保則男×どいしゅう/映画『ひかりの国のおはなし』。その、向こう側【『StarPeople』バックナンバーより】

胎内記憶をテーマにした映画『かみさまとのやくそく』が話題となり、続く作品『ひかりの国のおはなし』では、肉体を持たない魂がいる世界からのメッセージをテーマにした、荻久保則男監督。
主演となる、どいしゅうさんの実体験を取り上げたこの作品は、生まれてこなかった妹に導かれて訪れた「向こうの世界」での忘れられない出来事がテーマ。
『StarPeople』バックナンバー58号「映画『ひかりの国のおはなし』 その、向こう側」での対談をご紹介しましょう。
*2016年3月時点での内容となります。

胎内記憶のテーマからその奥の魂のお話へ

ーー映画『ひかりの国のおはなし』が生まれるまでのおふたりの出会いは?

どいしゅう 私は『ひかりの国のおはなし』で語った内容を、それまでの二十二年間、個別に伝え続けてきました。「向こう」の人に、「できるだけ信じる人に話しなさい」と言われたのがきっかけですが、この人には話したくない、この人は話しても大丈夫と、自分で選んでいたんですね。
それで百人くらいの人にしか伝えられませんでした。あるとき友人に、「信じる人に伝えたらいいという“向こう”の人のメッセージは、果たしてそのままの意味だろうか」と言われたのです。
つまり、誰に伝えるかは自分が選ぶのではなく、実は「向こう」が用意してくださっていて、自分の周りはすでに話せる状態だったのに、自分で制限していたのかもしれない、と気づいたんです。
ちょうど『かみさまとのやくそく』の上映会があり、見たあとそのまま帰ろうとしたら、「この映画を見た人に自分の体験を話したい。この監督にも会いたい」とふと思ったんです。
そして「何をやってるんだ! いますぐ動け!」って自分の中のもうひとりの自分に言われたのです。

荻久保 流産で生まれてこなかった妹のひろみちゃんが中学生の時に会いにきてくれた、という話をどいしゅうさんから聞きました。それはなんてすごいんだと感動し、「生まれてこれなかった妹さん」に深い意味があると思ったんです。
前作は胎内記憶研究の池川明先生を取材させていただきましたが、先生の研究の根本的な動機が「流産死産で苦しんでいるお母さんたちに早く立ち直ってもらうため」だったのです。お空に帰った赤ちゃんの声を聞ける方々に聞くと、「お空に帰った赤ちゃんは、お母さんの幸せを祈り、いつも見守ってくれている」「お母さんのためにお空に帰る選択をした子はたくさんいる。お母さんはその出来事を通じて生きることを学ぶんです」と口を揃えておっしゃったのだそうです。

しかしながら、「子どもはお母さんを選んで生まれてくる」というお話のあとに、流産した赤ちゃんのお話をもってきても、いきなり一本目ではわかってもらえないと思いました。そこで、その奥にある魂のお話、つまり「お空から赤ちゃんがお母さんを見守っているんですよ」と言って初めてすべてのお母さんが幸せになれるところに、どいしゅうさんのお話が素直に行き着く。そこに惹き付けられたのです。
ただ、ひとりの男性が1時間以上しゃべっている映像を、みなさんが同じ場所でじっと座って見ていただけるものかと、最初は不安でした。でも、公開したら「映像が浮かんできました」とみなさんにおっしゃっていただけて、そこがすごいと思っています。

前作では生まれる前の子供どもたちのメッセージをテーマにした荻久保監督。本作では、生まれてこなかった子どもが導く、ひかりの国からのメッセージがテーマです。

 

ーー確かに、課金制でインターネットで見られる映画というのは、垂れ流しの動画配信とは違い、見る側もコミットして見るわけですから、「向こう」の「伝えたい人に伝える」という意図にも近いのかな、と思いました。スピリチュアルの新しい形かもしれませんね。

荻久保 そうですね。日本語の字幕が入ると視聴障害の方や難聴のある、ご高齢者の方も見れますし、聞き間違いもなくなるでしょう。できるだけたくさんのお客さまに見ていただいて、資金に余裕ができたら、英語の字幕も早く入れたいと思いました。

どいしゅう インターネットで見てくださった女性が「どいしゅうさんを呼んで上映会をしたい」と言ってくださり、石川県に行ってきました。その主催者ご夫婦にお会いしたとき、ご主人がおっしゃいました。
「この映画を見て、宗教はいらないと思いました」。なぜですかと聞くと、「何かにすがったり信じたりすることは、悪いことではないだろうけれど、縛られているものもある。でも、何かにすがらなくても自分を生きることで、それらを超えたものが自分の中にあることに気がつけば、自分に良心がある限り、何をしても自由だと思いました。
生きている限り迷惑はかけるものです。何も悪いことはない、好きなことをしていい。そう考えたときに、怖いものはないし、もっといろんなことをやっていいんだと。

もしかしたら、この映画は、日本人よりも海外の人のほうが驚くかもしれませんね。ああ宗教はいらないんだなって。だからこの映画は海外に行きますよ」って。
そしたら1月に(2月に順延)ニューヨークで上映会をすることが決まり、私はスカイプでお話会をする流れができたのです。海外と言ってもまだ現地邦人ベースですが、英語版ができれば海外にも少しずつ広まっていくのではないかと思います。

もし兄弟姉妹がいたら……楽しい想像力のきっかけに

ーーどいしゅうさんがひかりの国のお話をされるようになって、同じような体験をもつ人に会ったことはありますか?

どいしゅう 全く同じではありませんが、たとえば出産の途中で意識が遠のいたときにあの世みたいなところへ行ったとか、赤ちゃんを産めなかった方が子どもの存在をふと感じ「僕はこういう世界にいるよ」というのを感じたとか、そういう方には出会いました。
また、自分の記憶はないけれど、親から「本当は兄弟姉妹がいた」と告白された方々。流産死産はもちろん、乳幼児の時に亡くなった場合も、親は大変だったでしょう。映画がそういうことを考えるきっかけにもなったと。そして、いまの人生でよかっただろうけれど、もし兄弟姉妹が生きていたらどんな人生を歩んでいただろうと、この映画を見て楽しい想像ができたという感想もありました。それを聞いて、映画になってよかったと思いましたね。

ーーこの映画のキーワードは「かんき」だと思いますが、どいしゅうさんがひかりの国を体験したとき、「かんき」の言葉がわからなかったとか。

どいしゅう 私はもともといろんなものが見えていたのですが、中学のとき、ほかのクラスを担当していた英語の先生と仲が良くて、よく相談していたんですね。その先生は見えない世界が好きで、ご自身で勉強もされていたんです。
私がひかりの国の体験をしたとき、「向こう」の人が、「人間にはかんきが足りない」と言われました。
それからはもやもやしたままでした。あの体験はただの夢じゃなかったのかと疑っていた。でも、半年たっても忘れないんですよ。もしあれが夢だったら、夜になったら記憶が鮮明ではなくなり、人に説明できなくなると思うんです。なのに、1時間も語れる夢があるのかと。

それで体験の半年後、「先生、かんきって言葉、どういう意味?」と聞いたのです。体験自体は話しませんでした。そしたら英語の先生が「国語辞典で調べなさい」って。ちょっとした笑い話ですね。でも「勉強になるよ。わからない言葉は大事だから」と。
それで調べてみたら、「心の底から喜ぶこと」という意味が書いてあったので、「これだ」と思いました。ああ、歓喜はこういう意味だったのかと。そこで初めて「向こう」の人はそんな大事なことを言ってたんだと知ったのです。
それから中学の後輩を捕まえて「こんな話があるんだけど聞いてよ」と話したりしました。話すと「なんだそれ、先輩、それどういうこと?」と。後輩たちは私がいろいろ見えるのを知っていたので、「よくわからないけどそうなんだ」という感じで徐々に伝わっていきましたね。

子どもの頃から見えない世界を感じ取っていた、どいしゅうさん。本作では語り部として主演し、生まれなかった妹が会いに来てからの、見えない世界での交流を明かしています。

 

ーーもともと見える体質だったと。

どいしゅう 私は子どもの頃からオーラや普通の人には見えないものが見えたりしていました。
中学のときは愛読誌が『月刊ムー』。そのムーに「オーラが見える方法」が書いてありました。私はオーラが見えることで辛い経験をしたことがあったので、「見える方法の反対をやればいいだろう」と、単純に信じてやってみたら、本当にオーラが見えなくなったんです。どうやったかは覚えていませんが、記事は本当だった、ありがたいなと思いました。
あの江原啓之さんも日本心霊科学協会で学んだとおっしゃってましたが、私が中学の時、関西支部があったんですね。私がそんな感じだったから、先ほどの英語の先生が「これはほっとけない」ということで、いっしょに勉強に行ってたんです。
そのほかにも、神職(神社の神主)を目指していたこともあり、古神道のリーダー的な存在だった小林美元先生の主宰される大倭五十鈴会に参加しました。世界を調和的に結ぶことが日本人の天命であること。人間には本来、自分の内に秘められた神性(神さまに近い部分)があり、一人ひとりがその天命に目覚め、それぞれの役割(使命)を全うしていけば、未来はいっそう輝かしいものになっていくことを学びました。

歓喜にあふれた人生には想像力と五感が大事

ーーでは最後に、人間が歓喜にあふれた人生を歩むためにはどうしたらいいか、おふたりにご意見を伺いたいと思います。

荻久保 歓喜を意識していない時代にいつのまにかなっている。現代は、供給されるものばかりではないでしょうか。前作もそうですが、この作品には、自分自身のイメージを何ひとつ入れていません。
その代わり、どいしゅうさんのイメージがすべてです。どいしゅうさんの言葉が、一人ひとりの頭の中で、林檎になったり象になったりする。そこが伝わるんだ、ということがとてもうれしい。
たとえば演劇で、何もない舞台空間なのに、役者の台詞がお客さんの想像力でドラマとして見えてくるような。まさしくそれをどいしゅうさんがやっておられる。まるで、文字しか書かれてない本を読んで「喚起」されてくるような感覚、それがこの作品ができあがって自分でびっくりしていることなんです。ドラマを与えられるのではなく、主体が見る側にあるんだということですね。

どいしゅう いまの人は感じることが少ないと思います。歓喜というのは喜ぶこと。喜ぶこととは何か。まず感じることです。でも、いまの人は五感が足りない。五感を使いこなしてないと第六感はない。本当のひらめきやピンときたというのはそこからなんです。
美しい景色を見て感じること、心地良い音楽を聞いたり、香りを嗅ぐこと。思わず身震いしたり、心が揺さぶられるくらい感動して涙を流すようなこと。これが歓喜だと思うのです。
いまの社会の中では、こうするべきだという常識や固定観念など頭で考えてしまうことが優位になりがちですが、これでは感じにくいし、生きにくいはずです。

生きやすいというのは、変な人と思われないように枠にはまって生きることではない。その生き方をそろそろ終わりにする時がきている。歓喜が足りないと言われたのはそういうことだと思います。
自分だけの世界は、人と共有できないものがあります。なのにみんなに合わせようとする。でも、誰でもいろんな経験がしたくて生まれてきているのだから、本来人は他人と違うことをやりたがるものなんです。
「変」を「そのままの自分」と認めるところから始められたらいいですよね。生まれてくる前に決めた経験したかったこと、それを味わい尽くして、最期まで笑顔で生きられる人が増えることを望んでいます。

(この記事を書いた人/水原敦子)

 

荻久保則男
おぎくぼのりお/映画監督、俳優、映像のプロ。 監督した代表作は『かみさま とのやくそく』。撮影を担当した白鳥哲監督作品『祈り~ サムシンググレートとの対話 ~』は、スペインやニューヨー クなどの映画祭で受賞多数。 『ひかりの国のおはなし』は、Vimeoで視聴できるほか、自主上映会も全国で開催中。
http://norio-ogikubo.info/

どいしゅう
小林正観さんの見方道アドバイザー。心理カウンセラー。 手話通訳者。平日は、障がい者の方の相談や支援に従事。 休日を利用して全国各地の映画館や自主上映会で、映画の補足や「じぶんを歓んで生きる」をテーマにしたおはなし会・ワークショップの開催を行っている。
Blogあなたは必ず幸せになれる〜法則を知ると運命は ガラッと変わる!〜
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