こんにちは。悟りをテーマに活動している、ドルフィニスト篤です。
今回も、私の師匠であるマスター・ゲート氏の教えを交えながら、日常の中で目覚めていくためのポイントを、悟りの観点から綴っていきます。

「死」とともに生きることの大いなる意義

前回前々回と2回にわたって、「死」についての記事を書きました。
「死」と向き合いましょうと言われると、皆さんの自我にとっては耳の痛いことで、抵抗を感じた方もいらっしゃったことと思います。

それでも再度、「死」について書くのは、とても重要なテーマだからです。
これからの人生において、「死」とともに生きていくことほど重要なことは他にないからです。

マスター・ゲート氏は、次のようにおっしゃいます。

私に起こってくる「死」。
私のすべてが消えていく「死」。
結局、それも私の「生」の一部だ。
だったら、私は生きている間に何をしないといけないか?

私が今、辛い思いをして、不安な思いをして、悲しい思いをしているとして・・・、
それを観察してみると、すべて、私とは関係のないところに私が陥って、私が辛さ、不安、悲しさを感じているのがわかる。
私が死んでしまえば、何ということはないものたちだ。
なぜ、私がそのようなものに引きずられて、辛さ、不安、悲しさにぶち当たらないといけないのだろう?
だから、これからはそのようなものを無視してしまおう。

私は、いくらか経ったら死んでしまう。
すべてのことは消え去るものだ。
だけど、私は今、存在している。
今、私は何をしないといけないのだろう?
私はどのように生きないといけないのだろう?

「死」は、私の「生」の一部だ。
私は「生」に執着するのではなく、「死」とともに生きるのだ。
そうしたら、私はどのような知恵を発揮しながら生きないといけないのだろう?
この「生」において、私は何をしないといけないのだろう?

このことを、いつも念頭に置いてください。
皆さん、このように根本的な“心の”“精神の価値が立ってこそ、その時から何事も始めることができます。
何をするにも、始まりが大事なのです。

きちんとした正しい始まり方をしようとするならば、皆さんは正しい精神を持たないといけないし、その正しい精神を持つためには、正しい価値観を持たないといけないのですが、その正しい価値観とは何でしょう?

私の「生」に、「死」を含めることです。
「死」といつも一緒に生きることです。
そのように皆さんが気づくこと、悟ることを願います。
そのように皆さんの中で、正しい価値観が成立したならば、そこから自覚をすれば、自覚が深まり、自覚によって自らが変わっていくことができます。
そして、そのような心、そのような精神をもって修錬に臨むなら、修錬の成就を見ることができるのです。

修錬をする行為や方法が大事なのではありません。
修錬に臨む姿勢、勉強に臨む姿勢こそが大事なのです。
その時の、正しい心構えが何かというと、私自身をよくよく観察して、私の「生」をよくよく観察して、私の人生とは何かということをよくよく観察して、「私は今、存在してはいるが、私というこの存在はいつでも消え去り得るんだ」ということを、常に念頭に置いていることです。

このように、コインの表と裏をいつも考えながら生きるのです。
コインというのは、片側だけ存在するのではありません。
どちらが表側、どちらが裏側という区別があるのではありません。
「生」と「死」というのは、そういったものです。

いつも片面だけが存在しているとは思わないでください。
両面が存在しているということを悟ればこそ、片面をきちんと生きることができるのです。
皆さんが裏側を無視したら、当然、表側も無視することになるのです。
裏面を大事に思い、尊重してこそ、改めて表面も大事に思い、尊重して生きられるようになるのです。

「価値ある人生のストーリー」に翻弄されない

成功して豊かになること、出世をして権力を手に入れること、世の中に認められて名誉を手に入れること、理想的な人間関係を築くこと、家族の一体感、社会に迷惑をかけず常識的に生きること・・・。

ほとんどの方は、集合意識が価値を置いていることに同意して、その価値を追い求めて生きることが、価値ある「生」だと信じています。
例えば、以下のようなものです。

●成功して豊かになること
●出世をして権力を手に入れること
●世の中に認められて名誉を手に入れること
●理想的な人間関係を築くこと
●家族の一体感を感じること
●社会に迷惑をかけず常識的に生きること
など。

もちろん、そのような「生」を否定するつもりはありません。ただし、手に入れたと思っているものも、「死」を迎えれば、一瞬にして自分の手からなくなります。

その事実に薄々気づいていながらも、抗うことのできない欲望と執着のために、自分が設定した価値ある生き方から外れることに、人は抵抗を感じます。
そして、自分が設定した価値がうまく手に入らないと様々なストーリーを展開させ、辛さ、不安、悲しさといった感情を創り出して、そこに陥ってしまいます。

しかし、そのようなストーリーをリアルに感じて苦しんでいる感情も、「死」を迎えれば、消え去ってしまうものです。
感情は、ストーリーに付随して発生している幻に過ぎず、本当はそれらにあなたが影響を受けたり、翻弄される必要がないのです。

執着していた生き方を手放すと別の世界が広がる

この「生」では、目の前に「現世的な価値」という、あなたを迷わせ、惑わせる誘惑が次々と現れてくるので、それについ没頭してしまいます。
そして、様々な感情に翻弄されて生きることで、時間もエネルギーも浪費して、「死」を忘却の彼方に追いやってしまいます。

このように「死」の観点から、「生」を振り返りながら生きることは、世捨て人でもない限り、稀です。
しかし、「死」とともに生き始めることを決意し、今までこだわって大切にしてきた価値観や感情を整理して、手放していくと、全く別の世界が広がってくることがわかります。

今まで当たり前のようにくっ付いていた価値観や感情が剥がれ落ちてくると、今までいかに“正見”できていなかったかが見えてきます。そして、この世が幻に過ぎず、儚いということがはっきりします。

悟りを得たいと望むなら、今の価値観を見直し、それを徹底的に手放して、感情に翻弄されるのをやめていく覚悟が必要です。

 

 

ドルフィニスト篤
ドルフィニストアカデミー主宰。京都大学理学部物理学科卒業。京都大学院理学研究科物理学専攻、修士課程修了。2001年より、イルカのスピリットをチャネリングする綾子夫人と共に、イルカのように生きる「ドルフィニスト」を提唱し、全国にて講演活動を行い、人々の目覚めやヒーリングに従事する。現在は悟りのコミュニティにおいて、鋭い論理と慧眼で悟りへと導いている。著書『悟りハンドブックー〈私〉を思い出すこと、それが悟りです!』(ナチュラルスピリット)。

 

ドルフィニストアカデミー
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http://iru-iru.jp/

『悟りハンドブック』
ドルフィニスト篤著/ナチュラルスピリット

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101キャンドルライト
http://101candle.jp/

『悟りの錬金術』
マスター・ゲート著/アン・テファン訳/ナチュラルスピリット

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