
わたしはタロットカードは地球に墜ちてきたスターピープルが自分を取り戻してもともとの星に回帰するためのマニュアルであると説明しているが、最近フェイスブックで古川陽明氏と話をしていて、結局、スターピープル回帰ということと、神仙道で言う仙人になるというのは同じことであるという意見になった。
古川氏の神仙道の知識はタロットカードの示すものと重なる面が多いという点で、わたしは古川氏にタロット神仙道という方向で、いろいろと本を書いてもらいたいという希望を伝えた。
そのメソッドに関しては十分に知っているはずだからであり、いまそれをすることは非常にタイムリーな話でもあるからだ。
最近、地球はシフトすることになっている。このシフトした地球に住む人は、要するに仙人である。かつて仙人は1000人にひとりくらいしか可能性はなかったらしい。
わたしはスタピ的な存在は、マックスで人口のおよそ3パーセント程度と説明していた。3パーセント程度というとあまりにも多いじゃないかという話だが、1945年以後、地球に大量にスタピがボランティアとして送り込まれたので、今ではこのくらいの比率になるのではないかと思う。
そして、この送り込まれたスタピはたいていの場合、生まれてはじめて地球の異常な状況に驚き、この中で適応することに苦しみ、そして、そもそも戻る道を忘れそうになったりする。
そのためにも仙人プロジェクトやタロット道は、ウエイクアッププログラムなのである。秋山眞人式に言えば13歳から14歳くらいまでに、おまえはもとスタピだと知らされる。この体験を忘れている人も多いが。
仙人はかつて仙人であり、そうでないなら今後も仙人になることはないという話だが、そもそも地球に墜ちてきた仙人を滴仙というらしい。仙界から追放されて地球に来たという話は、実際にはちょっと違うと思う。
ナグハマディ文書に書かれているように、神のそばにいた人であるアントロポースは世界造物主の技に興味を抱いた。興味を抱いた瞬間に、地球に生まれてきてしまったのだ。
世界造物主の試みは特殊で、いったいどうしてそんな妙なことをするのかつい好奇心を持ってしまった。この特殊条件が原因で地球に生まれてきた元仙人は、抜け出すことに苦労する。
もう十分に理解したからもういいと言うのならば、もとの場所に帰還してもらったほうがいいし、そのための方法として、わたしはタロットカードという経典をウエイクアップ用に説明することにしたのだ。
タロットは金星人がもたらしたという話だが、金星人といっても、よその宇宙から金星にやってきた人々であり、ルーツはもっと遠いところにある。
魔術的人格を作るためにタロットは考案されたという話だが、魔術的人格とはつまりはアストラル体であり、タロットではそれを育て、肉体的存在であることを脱ぎ捨てて、それに乗り換えることを教えるというのが一番大きな特徴だ。
「16塔」のカードで恒星に飛んだ後に、その恒星ボディに合致するアストラル体を、「18月」のカードの段階で地球の古い記憶の中から掘り出す。まるでそれは放置された故障円盤のようでもあり、忘れられた神話でもある。
それが育った後に「21世界」のカードでは、この陽神が肉体を飲み込んで「気化」していく。気化すると見えなくなると思うだろうが、それは地球の肉体を持って生きている人からすると見えなくなるだけで、少し振動密度の高くなったレベルでちゃんと肉体を持っているし、仙人は本人からすると自分は三次元的な存在であると思っている。
仙人ボディは仏教的には応身のことでもある。応身はエーテル体と言われているが、正確に言うと、たい焼きの薄い皮のようなところがエーテル体で作られ、もちろんこの中に本質としてアストラル体、メンタル体、ブディ体などが同心円的に存在する。
地球人は肉体が物質体で、この中に上記のより高次なボディがあるが、地球人間の特徴としては、物質体は想念には忠実に従わない。応身のボディであるエーテル体は、想念にそのまま忠実に従う。
想念に従わないまるで異質な物質体に生命を押し込めてしまうというのが、世界造物主のおかしな計画のひとつでもあり、スターピープルたちはその罠にはまって抜け出せなくなってしまった、つまり世界造物主は面倒くさいゲームをしかけたのだ。
世界造物主は死という珍しいものをもっと普及させたかったので、人間は死んだあとは自分はもう存在しなくなると考えるようになった。
物質体と似て非なるエーテル体の身体素材は、現代風の言い方をすると太陽系の外の暗黒物質でもあり、そこから太陽系の中の金星、地球の周囲にある月の軌道の遠地点をバイパスして持ち込まれる。
西欧で忌み嫌われるリリスは、日本では天狗族とかあるいは出雲族のようなものであり、そんなに違和感のあるものではない。出雲族は〝雲から出る光〟というような意味でもあるが、この雲が仙人の身体素材でもあり、雲の上の人と言われるのも当然だ。
仙人の中では低級だと言われる孫悟空の觔斗雲(キント雲)も似たような素材であり、身体がそれで構成されていくようになるのに達磨大師は9年かけた。
わたしは最近、9年かけて12感覚をシフトするという話をある書籍に書いたのだが、仙人の場合、死期が来るまでに仙人ボディを8割がた完成させておき、死期が来ると一気に残りを完了させて仙人になるという、宮地神仙道の話を古川陽明氏から聞いた。
死んだ時に仙人になるのを「尸解仙」と言うのだが、これがもっとも抵抗のない無理のない方法だろう。
通常は人は死ぬと、エーテル体となり、その後エーテル体を脱ぎ捨ててアストラル体になり、それからアストラル体を脱ぎ捨ててメンタル体になる。
エーテル体になった段階でもう自我は失われていることが多く、その後のプロセスは本人とは無関係といえるような状態で進行する。つまり死んだ後、その人の人格の側面は不在になる。
仙人はこのエーテル体を分離せず、それを身体として、自我意識がそのまま継続する不死の存在になるのだ。 生きている間に8割がた完成させるというのは、生きている時に、すでにエーテル界やアストラル界、つまり太陽系外宇宙や太陽系内地球外世界を体験していることになり、すこしだけ地球的現世の情報が入ってくるという状態だ。
まるでこれは、ボケ老人のような感じかもしれないが、この世の印象は比較的希薄で、細かいことはどうでもいいような状態になる。
この世界のことが2割、異次元が8割というのもかなり無茶な話であるが、尸解仙になる人は、イラついて自然死まで待てないということにもなりやすいのではないか?
異次元のほうが楽しすぎて、それに比較して、この世は低速で退屈でしかたがない。
ノストラダムスは自分が死ぬ時、机のわきでバラバラになると言っていたが、その通りになった。グルジエフはわざと自動車事故を起こしたが、死んだ時内臓はすでに腐敗が進行していて、これまで生きていたのが信じられないと言われたが、寿命を待てない尸解仙は、こんな感じになるのではあるまいか。
不死の人になると早死にするというのは笑い話みたいだが、歴史上の人物で尸解仙になった人を探すと、意外にたくさん見つかる。
そしてそのようにいろいろなパターンを見るにつけ、自分はどうやって死期を迎えるのかを考えるようになる。
死は個人という主観を捨てて、宇宙に参加することだ。尸解仙としては、これは洋服を着替えるシーンでもあり、その後の生き方をデザインするものでもあるのだから、興味津々だ。何かお祭りのようにして、その後、神話が残るようにしたいと思うのではあるまいか。これはまるで、葉隠思想にも見える。
李白は詩仙とも酒仙とも言われる。酒に酔って船に乗っている時に、水面に映る月を捉えようとして船から落ちて溺死したという伝説があり、実際には62歳で自宅で死んだという話なのだが、この場合、仙人とはエーテル体ボディであり、物質的には不可視であり、ある時期から肉体から離れた別コースで生き、抜け殻がまるで取り残されたロボットのようにしばらく生きているというケースもあるのではないか。
エーテル体とかアストラル体は常に象徴として扱うものなので、伝説と事実というものが対立している時には、肉体を持って生きている人は事実を重視し、仙人としてのエーテル体を考えると象徴や伝説が真実であるということも多くなる。
そうなると死にまつわる伝説が、その後のことを推理することに役立つ。水面に映る月を捉えようとして船から落ちて溺死、ということがとても印象的だ。月、そして池に飲み込まれるということがキーワードだ。
地球がシフトする時に、わたしは地球というのはそもそも7つあって、今の地球は一番下の沈殿部分であり、シフトするというのは今の地球がシフトするのでなく、わたしたちがその一つ上の地球に移動するのだということを、わりにいろんな本で書いたりしている。
「案内者として、犬を連れたヘカテが四辻に突っ立っているよ」と最近の本に書いた。
7つの地球は7つのエーテル領域と考えて、この違いを理解するのにチャクラが参考になるとたとえてみると、今の地球は一番下の物質的ムラダーラチャクラの性質の地球。
次の地球は、その上のスワディスターナチャクラの性質の地球と考えることができる。スワディスタナは水であり、また月を象徴する。もともとがガンジス川を象徴していて、そこをいろんなものが流れている。李白は仙人になって、そこに移動したのだと考えてみると面白い。
この二番目地球を考える時に参考になるものとしては、中沢新一の「アースダイバー」で扱われた縄文の海の話だ。
わたしはよく夢の中で、神奈川とか京都が半分以上海になっている光景などを見たりする。20代の後半に、フェリーボートで北海道に行った時、北海道と本州の間の海の上で、いずれ自分はここに飲み込まれてしまうという妙なことを考えた。
過去のわたしの引っ越し歴を見ると、自分がほとんど縄文の海を移動するコースをたどっていることに驚いた。原宿に引っ越した時、一か月の間毎晩ボートのエンジン音がうるさくて不眠症になった。自分はボートの上にいて、地面の上にいないのだ。
交通事故にあった場所も、救急車で運ばれた病院も、この縄文の海のコース上だった。縄文の海の場所は、商売とかが盛り上がる場所らしく、中沢新一によると金持ちは高地に住み、仕事場を海の中にしていくのだと言う。
第二地球が、今のこの地球と接している場所はあきらかにポータルであり、ヘカテが立っているとしたらその場所だ。
渋谷のスクランブル交差点は、縄文の海のどん底なので、映画のバイオハザードでも魔物的なものが出現する場所として扱われている。個人的には、わたしにとってこの第二世界の侵入が激しく、引っ越しはこのコースでしていたと言うように、町を見ても、人が見ているものと違うものを見ていることが多いのかもしれない。
わたしの視点はおよそ猫の視点に近い。しかし李白のように、この第二地球に移動すると、もうこの今の地球の光景は見えなくなる。少し接触し、少し干渉している場所では、ふたつが重なって見えるが、しっかり移動するともう土の地球とは接触しなくなる。
同時に土の地球に住んでいる人からすると、李白はもう不在であり「気化」したのだ。
以前は地球のエーテル体として惑星グリッドなどについて盛んに扱ってきたが、第二層のエーテル領域は、地球の地形に幾何図形的にぴったりかみ合うわけでなく、むしろ蔦がからまるように曲線の多い形になっている。そもそも北極や南極も使わず、アレキサンドリアも起点にしない。
ずっと昔、ガゼッタ岡さんとわたしは知り合いであったが、彼は世田谷区のポータルの地図も持っていた。ドロレス・キャノンによるとポータルは移動していくという話だが、複数の世界があり、それらの世界の違いでポータルの場所も違うのかもしれない。
しかし李白が溺死した場所というポータルはわりにポピュラーでわかりやすいと思うので、都市の中でこうした場所を提示してみるのも面白いのではないかと思った。たぶん公式的に紹介すると、この門はだんだんと閉まって行き、場所を変えるだろうとは思うが。3パーセントの人にだけ教えると言っても、この比率は非常に大きくて、スタピの読者の数でさえ、これよりぐっと少なくなるはずだ。
今月の話は、仙人とは実はスタピだったのだということ、滴仙は追放されて地球に来たのでなく、世界造物主の謎かけに好奇心を持ったり、ボランティアで来たという話だ。
松村潔
まつむらきよし/1953年生まれ。占星術、タロットカード、十牛図、エニアグラム、ライフシンボルなど、 いくつかの手法を活用して講座・研究会などを開催。アカシックリーディング等でも、タロットカードや占星術を併用すると安定性が高いという考えから、ツールの複合性を提案している。『わたしの運命がわかる地球星座占い』(角川書店)、『ディグリー占星術』『三次元占星術』(以上、説話社)、『土星占星術講座』(技術評論社)など著書多数。http://www.tora.ne.jp/

