2月に新刊『ヘルメス・ギーター』が発売され、スタピチャンネルの動画でも人気のヘルメス・J・シャンブさん。
今回も、ヘルメスさんお得意の“小説タッチの気づきの物語”をお届けしましょう。
※2冊目の著書『道化師の石(ラピス)』も小説仕立てで、独自の世界観を伝えています。

『へルメス・ギーター』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

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真実の目

みんなは聖者みたいに完璧になろうとしているけれど、僕は聖者になんかなれない。
そもそも、聖者というものが、どのような人間なのかを、僕は知らないしね。
本で読んで、きっと何かすごい力を持っているのだろうと思うのだけど、きっと僕にはまったく無縁で、こんな普通の人間には、きっと聖者になんかなることはできないのだとわかっている。

僕には大好きな女の子がいて、彼女のことをいつも天使みたいだな、って感じている。
僕の仕事は、床に落ちたゴミをいつもきれいにするようなもの。誰でもできる、普通の仕事。
きっと、僕自身が、この世界のゴミの一部なのかもしれないって、時々思ってしまう。だって、どうしても、正しい人間になることができないから。

昨日、仕事場でその女の子に、「あなたはとても悲しい目をしている」と言われた。
続けて、「そんな目で、私を見ないで」とも言われた。
僕はそれから、彼女を見ることができなくなってしまった。なぜなら、どんなふうに彼女を見たら良いのか、わからなくなってしまったから。

僕の目に、責任があるのかな? と考えたけれど、答えはどこにもなくて、きっと僕の存在がゴミみたいなもので、彼女の目に入ったらきっと痛いのだろうな、と思った。
彼女はきっと、目の中のゴミをきれいに掃除したかったから、僕に「見ないで」と言ったのだと思う。「入ってこないで」と──。

玄関のドアを開けると、風が部屋の中に入り込んできた。
今日は風が強い。外では、樹々の葉がざわざわとこすれ合っている。空は青くて、雲がない。
今日は暖かくて、まるでもう春のようだ。春にはいつも強い風が吹いて、秋に落ちた枯葉をどこかに持っていくかのよう。いったい、枯葉たちはどこに行ってしまうのだろうか?

いつもの電車に乗り込んで、ふと考える。そうだ、初めて上京した時も同じことを思った。
この山手線は、どこが始まりで、どこが終わりなの?
毎朝、同じ駅から乗って、同じ駅で降りるのだけど、ぐるぐると同じ線路を回っていて、電車はいったい、どこから現れて、どこへ消えていくのだろうか?

他の人は、違う駅から乗って、違う駅で降りる。別な人もまた、同じように。
こんな当たり前のことなのに、どうしてか僕には疑問が湧き起こるのだ。

いったい、みんな、どこから現れたの?
そして、どこに消えていくの?
僕にアパートがあるように、みんなにも帰る家があって、毎朝、出ていく家がある。

僕は夜にどこへ消えていて、朝にはどこから現れてくるの?
眠っているその夜に、世界は本当に存在しているのだろうか?

高層ビルの隙間を抜けるように走る電車の窓から、一瞬、路上に立ち尽くす一人の女の子が、こちらを見ていたように感じた。
停止した彼女。髪が長くて、強い風に吹かれていた。

ねえ、彼女は誰で、いったいどこから現れたの?
もう見ることのできない、あの髪の長い彼女は、いったいどこに消えてしまったの?

一瞬、一瞬が、僕にとっては奇跡のようだけれど、その奇跡は僕にとっては悲しい奇跡。なぜなら、もうどこにも見ることができないから。
そうか、と思った。
きっと、今のこの目が、「そんな悲しい目で見ないで」と言われた、その目なのかもしれない。

電車から降りて、職場に向かう。
今日もあの子に会うけれど、やっぱり僕はもう彼女のことを、見ることができないかもしれない。
僕は電車に揺られて、風に吹かれるようにこの駅に降り立つけれど、このゴミのような存在は、きれいにまた、どこかへ消えていった方がいいのかもしれない。

ホームから階段を降りようとすると、僕の足はぴたりと止まってしまった。
「あ」と僕は思わずこぼした。「君は」。
僕の目の前には、髪の長い彼女が立っていた。
「嘘でしょ?」と僕は言った。あり得ない。

「ねえ」と彼女は言った。
「あなたのこと、大好きだからね」。

どういうわけか、全身から力が抜けた。
わかっている。これは妄想だ。夢に違いない。こんな素晴らしい奇跡が僕に起こるなんて、あり得ない。

「ねえ」と彼女は言った。
「どうして信じないの?」。
「嘘だ」と僕は答えた。
「ねえ」と彼女は言った。
「どうして、私を信じてくれないの?」。

僕は息を呑んで、彼女に尋ねた。
「君は、いったい何を伝えたいの?」。
すると、彼女は消えてしまった。

立ち止まっている僕を次々に追い抜いて、階段を降りて行くたくさんの人たちから、僕はあたかもゴミを見るような視線を向けられている。
振り向いた人からは「邪魔」と言われているかのよう。

どうして、僕は信じていないのだろう。どうして、信じられないのだろう。

仕事が終わると、女の子がやってきた。髪の長い、僕をゴミのように見る女の子。
「ねえ」と彼女は言った。
「どうして、いつもそんな目をしているの?」。
「別に」と僕は答えた。
あなたの目は、本当に悲しそうだよ。本当に、悲しい目をしている」。
・・・僕には、何も答えることができなかった。だって、自分にもわからないのだ。

すると、彼女が突然近づいてきて、僕を抱きしめた。
僕の視界が急に滲んで、世界がぼやけてしまって、よく見えない。
「くすんっ」と彼女が鼻を啜った。彼女も泣いていた。
「ねえ」と彼女が僕の耳の後ろで囁く。
「どうして私を信じてくれないの?」。
「・・・」。

「ねえ、ずっと、あなたのことが大好きだよ。何があっても、あなたの味方だよ。私はあなたを裏切らない。絶対に、あなたを裏切らない。
なのに、どうして信じてくれないの? どうして、信用できないっていう目で、私を見るの?
私は何もフィルターを通して見てはいないけれど、あなたはいつも何かのフィルターを通して私を見ている。
世界は美しいのに、どうしてそれを見ないの?
良いことも悪いこともないのに、どうしてそれを見ないの?
あなたは私に、全ては自分次第だって言った。
でも、あなたは私のことをフィルターを通して見ている。その私は、私じゃない。
だから、あなたの見ている私は、私じゃない。そんな目で私を見ないで。その私は、私じゃない」。

彼女がぎゅっと、僕を強く抱きしめる。
彼女の肩まで伸びた長い髪の毛に、ローズの香りを感じた。
きっと、この香りがサンダルウッドだったとして、セージだったとしても、なんでも変わらず、僕は彼女を愛していたことだろう。
なぜなら、彼女の香りが何であるかが重要なのではなく、彼女の存在そのものが、僕にとって重要なのだから。

「ねえ」と僕は言った。
「何?」。
「もう一度、やり直してもいいかな?」。
彼女は鼻をくすんっと啜って、それから笑った。
僕は言った。
「君を信じる。本当に信じるから。ちゃんと、君のことを見るから」

僕は聖者になんかなれないよ。完璧な人間にはなれない。
でも、僕は僕なりに人を愛したいと思うのだ。それが、僕にできる全てのことで、僕にできることはそれだけだし、ある意味ではそれは、僕に与えられた権利だと思うのだ。

人を愛することができるって、きっとみんなできることなのだけれど、でも僕は、他の誰かがそうするのを見るのではなく、僕自身が、ただそうすれば良いだけなのだということをわかっている。少なくとも、わかっているつもり。

そして、愛することができる相手がいるということが、どれだけ幸せなことだろうか。
きっと聖者たちは、みんなを同じように愛しているのだろうけれど、僕に今できることは、彼女を、たった一人の人間を、ちゃんと愛すること。ちゃんと、信じて、最後まで信じ切ること。
こんなに素敵な、天使のような彼女を愛せることを、神様にちゃんと感謝しなければいけない。

「ねえ」と僕は言った。
「何?」。
「頼むから、現れたり、消えたりしないで」。

 彼女は静かに答えた。
「ちゃんと、私を見て。私はいつも、あなたの目の前にいる」。

 

ヘルメス・J・シャンブ
1975年生まれ。30代前半、挫折と苦悩を転機に、導かれるように真理探求の道に入る。さまざまな教えを学び、寺で修業し、巡礼の旅に出るが、最終的に「全ては私の中に在る」と得心、悟入する。数回に分けて体験した目覚めにより、ワンネス(一つであること)を認識し、数々の教えの統合作業に入る。「在る」という教えは、これまでの師たちの伝統的な教えであるため、師たちの名前を借りて「ヘルメス・J・シャンブ」と名乗り、初著作『“それは在る』を執筆。 その後『道化師の石(ラピス)』も刊行。現在は、ナチュラルスピリットでの個人セッションなどで、探求者たちに教えを伝えている。
https://twitter.com/hermes_j_s
https://note.com/hermesjs

『道化師の石(ラピス) BOX入り1巻2巻セット』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『 “それは在る』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

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