深い瞑想状態の果てに行き着く先、想像を超えた全てがある場所「絶対無」とは?

9月8日と9日に開催する、マインドフルネスと禅の国際的フォーラム「ZEN2.0」。
瞑想や禅の世界観を通して日本人の意識啓蒙の場を提供する、大注目イベントです。2日間にわたり、数多くの魅力的なプログラムが組まれ、国内外からの参加ゲストも多数。こんな機会は滅多にありません。

「ZEN2.0」の運営に携わる村田樹紀さんに、今回もマインドフルネスも含めた「ディープな意識状態の世界」の魅力について綴っていただきました。瞑想を通して行き着くという、想像を超えた世界とはどのようなものなのでしょう?

哲学を探究する中で深い瞑想体験に興味をもつ

現在、僕はカウンセリングのコーチやコンサルタントとして、マインドフルネスや深い意識の世界をベースにしたセッションを行っています。
元々、瞑想や禅などには興味はありませんでした。むしろ、そのような世界について「うさんくさい」「信用できない」と、強く否定していたのです。

そんな僕が、オックスフォード大学で「西田哲学」を中心に様々な瞑想について探究するようになりました。西田哲学は、禅の中心となる「悟り経験」を、難しい理論的な言葉で表した体系です。
ただし、僕自身は〝悟りのような言葉をはるかに超えた体験は、知的・理論的な捉え方だけでは理解できない〟と考えていました。
そこで、なるべく体験を伴う形で、深い意識状態の世界を探究することを心がけたのです。中でも、禅を始めとする瞑想体験に興味を持つようになり、自身での体験を徐々に積み重ね、理解を深めていきました。

注目されなかった瞑想法が時代とともに一躍人気に

当時、「マインドフルネス」という言葉は、欧米でもまだよく知られていませんでした。研究者の間でさえ、マインドフルネスや瞑想の話はほとんどの人が興味を持つことはなく、 注目されていなかったように記憶しています。
ましてや、企業が社員研修に取り入れる日が来るなど、想像さえしませんでした。昨年末、カナダから日本へと妻と共に移住し、この国でのマインドフルネスブームに2人とも驚いています。

「マインドフルネス瞑想」のように、物事がどのような変遷を辿るのか、その時には分からないものです。しかし、後になって、意味ある出会いを遂げていたのだと分かることがあります。
僕にとっては、西田哲学の創始者・西田氏とのご縁もそのひとつです。後で知りましたが、彼が晩年住んでいたのは鎌倉で、僕も子供の頃に住んでいたのです。なんと、実家のあった極楽寺のすぐ近くに、彼の住まいがありました。
将来、自分が研究することになる著名な哲学者がすぐそばにいたことなど、当時は知るよしもありませんでした。

瞑想とは「意識の固い殻」が破れていく体験

人間は普段、固い意識の殻の中で生活しています。殻に守られ、普段の意識状態以外の世界を知りません。
ところが、固い外側の殻が破れると様々な体験を引き起こし、日頃生活では出会えない経験や、全く説明のつかないことを体験したりします。

瞑想は、その固い殻を破る代表的な方法の一つであり、テクノロジー。そう考えると、分かりやすいのではないでしょうか。
例えば、瞑想状態だと、「音」というものは普段とは全く違った姿で現れてきます。普段人間は、音を表面的にしか理解できず、音がなんであるかを知りません。本来、音は一元的ではなく、想像もつかない深い姿を持ち、知恵を人間に与えてくれる奥深い存在なのです。

しかし、これもよく考えてみると、普段、いかに狭い範囲の中で意識を小さく閉じ込めて生きているのかが、よく分かります。マインドフルネス瞑想に限らず、瞑想をすると、普段体験しないようなことを体験をする理由は、意識状態が変わるからです。
意識状態が切り替わると、経験する出来事そのものや目の前に存在する世界そのものが、根本的に変化します。その体験を通じて、世界観が変化します。
今までならあり得ないようなことを体験して、人生の転機になることも多いのです。

全てが全てに気づいている状態「絶対無」とは?

僕自身、瞑想体験を通して人生が大きく変わった一人です。西田哲学で言う「絶対無」の場所は、意識が普通の状態では全く知り得ることなく、どんな学識を用いても推測で終わってしまいます。
マインドフルネスが注目される前から、とてもシンプルな瞑想を行ってきましたが、〝瞑想をはじめ、すべての体験は、結局はすべて同じところに行き着く〟ということを体感してきました。

なぜ、「絶対無の場所」に行き着くのかも、その時、分かりました。
それは、〝宇宙が構造的にそうなっているから、ただそうなるだけのこと〟なのです。
全ての全て(絶対無の場所)に、やがては行き着くように、どんな瞑想も、どんな意識状態も、どんなにつまらないと思える日頃の経験や出来事も、行き着くようにできていて、そのうえ、もともと全てがその場の中で起きているのです。

これは、マインドフルネス瞑想でも同じです。
一般的なマインドフルネス状態をごく簡単に言い表せば、「心を鎮めた時の気づき」のこと。
そのような「気づき」が無限に深められ、最後にあるのは「全てが全てに気付いている場所」。

これが、絶対無の場所です。
そこには、全てがあります。

ですので、マインドフルネス状態を深めるほど、〝究極の究極(絶対無の場所)に向かう〟ことになっていきます。
「深い意識世界」のしくみは、人間の言語や概念を遥かに超えているため、深いマインドフルネス状態であればあるほど、言葉や概念では表現できなくなります。
それが、全てが全てに気付いている、という状態なのです。

そのような場所は、普段考えつくような「効果」や「目的」を超えています。しかも、単なる「気づき」の場所ではありません。全てが慈悲であり、宇宙の愛である場所でもあるのです。
人間が真に求めるもの、手に入れたいものは、すべてそこにあります。
結局は、それだけしか人間は求めてはいません。また、それだけしか元々求められません。

逆に、「効果」や「目的」から離れることが、マインドフル状態な生活を送るうえで、大切になってきます。
〝そういう神秘の場所〟から、この世界の全ての人間は、常に導かれているのです。

分析よりも意識の在り方で体験する世界が変わる

深い意識状態の世界にだんだん入っていけるようになった時、その世界で何(what)を体験するかは個人差があります。
ある人にとって明らかに存在する物でも、他の人にとっては全く存在しない—。そういうことが、ひんぱんに起きてくるのです。
深い意識状態になればなるほど、体験する世界はますます「その人次第」になっていきます。
その人その人の意識状態によって、それぞれ体験する世界が異なってしまうため、「そこには何(what)が存在するのか?」という疑問は意味をなさなくなります。
このため、瞑想やスピリチュアルな体験においては、What(何)より、〝how(どのように)〟が大切だったりします。

何が起こっても、自分は〝どのように〟在るのか?
これが大切であり、意識の成長はそこを突き詰めていくことで、飛躍的に早まります。何が起こっても、自分は〝どのように〟在るか、〝どのように〟接するか。
そこが、宇宙的意識に行き着くための鍵なのです。

 

マインドフルネスと禅の国際的フォーラム「Zen2.0」
開催日/9月8日(土)・9日(日)
場所/鎌倉「建長寺」
時間/受付開始9:00〜  プログラムスタート9:30〜 終了18:00

※詳しくは、以下をごらんください。
https://zen20.jp/

2017年「Zen2.0」の様子(動画)

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