中国の秘法であるクンルンネイゴンの正統な継承者であると同時に、世界各地に存在するエソテリックの奥義を体得、体現、継承しながら一修行者としての人生を送る、Kan.さん。
テーマを決めずに行ったこのインタビューでは、日常をスピリチュアルに生きるポイントや、IT化によって退化していく人間の能力への言及、それを超えるためのアドバイス、日本の未来についてなど、考えさせられるテーマが次々と飛び出しました。
現代を生きるすべての人に向けた、深いメッセージをお届けしましょう。

覚醒を目指すなら、地に足を着けて生きる

スピリチュアルな世界に軸足を置こうが置くまいが、私たちは社会で生きる存在であることには変わりありません。その中にあって、発言や行動を介して何かしらを社会に提供するには、地に足が着いてなくてはなりません。
自分たちがどういう方向に向かうにしろ、今ある社会を見据えて、そこに立脚したものを展開していく必要があるからです。

その点、スピリチュアルな分野というのは、独特な問題をはらみます。そこは、錯覚が入ったり妄想が入ったりと、検証しようのない危ういものを相手にする世界であるがゆえ、少し間違うと、いい感じで成長してきた人もそれに巻き込まれてしまうからです。
そうならないためには、一人ひとりが自覚をもって自分を磨くことが大事です。つまり、なおのことグラウンディングを心がける必要があるということです。

神秘主義者として知られるG.I.グルジェフは、覚醒を目指して瞑想修行に励む人たちを横目に、自分の弟子たちには「ワークをせよ」と言いました。この場合のワークには、「社会で生きるための仕事」と「スピリチュアルな修行」の2つの意味がかけてあります。
グルジェフは、仕事のできない人間には真実はわからないと考えていました。覚醒を目指すには、地に足を着けて社会的に生きる必要があることを知っていたんです。

毎日を「グレートワーク」にする秘訣

そうしたことを踏まえて、私は日常生活に根付いたワークを提案しています。それは、たとえば、こういうことができるようになるためのワークです。

料理を作る際、行き当たりばったりではなく、「すべての料理が同時に食卓にのぼるように作る」と決めます。
それには、湯を沸かしている間に肉に下味をつけ、野菜を切ってから、合わせ調味料の材料をボウルに入れ・・・といった手順を考える必要があります。

最初に手順を考えていても、作業を進めていくうちにその通りにはならない事態も出てくるでしょう。状況は常に変化するものです。
そのときに、最初に決めたやり方にこだわるのではなく、臨機応変に対応していくこと。
状況に応じて自分も変化していくことは、いいワークになります。
また、すべての料理が同時にできあがるよう、いろいろな作業を並行して行う脳の使い方は、ダブルアテンション(二方向に注意を向けること)の練習にもなります。

料理の品数によっては、作業量が多すぎて頭の中がいっぱいいっぱいになってしまう人もいるでしょう。
それはスピリチュアルな観点からすれば、“センターの誤作動”によるものです。すべてを頭で処理しようとするとき、人はあがき、パニックに陥ります。
しかし、手を動かしつつ、感じるべきところは感じ、考えなければいけないことは考え、というように、身体と感情と思考の3つのセンターがバランスよく働くと、パニックには陥りません。
むしろそれは、グレートワークになります。人は毎日をグレートワークにすることができるんです。

人間にしかできないのは本質を伝えること

スピリチュアルな観点から付け加えるなら、3つのセンターがバランスよく働くとき、“3つのセンターの奥が発動”します。
料理をしながらその奥が発動すると、作っている料理には“奥のもの”が入ります。料理に心が入るんです。それは、ロボットには決してできないことです。
AI時代に突入した現代、人間に代わって今後ますますロボットにできることが増えていくでしょう。限られた時間の中で同時に料理を何品も作るなど、ロボットには朝飯前のことになるかもしれません。
しかし、ロボットには3つのセンターもなければ、当然、その奥のものもありません。ロボットが作った料理は分量通りに具材を合わせてできあがったものでしかなく、それ以上の何かが入る余地はないんです。

一昔前の板前修業で、見習いが師匠から叩き込まれたのは、その辺りのことでした。技術は手取り足取り教えてもらうものではなく、師匠や先輩の背中を見て覚えるものだとよく言われるのは、理由があります。
手順や道具の使い方、具材の取り扱い方を見て覚えて真似するという意味だけでなく、3つのセンターの奥が発動するさまや、師匠の佇まいまで受け取るようにという意味合いもあるんです。

そこまでを捉えられなければ、職人の世界につきものの見習い修業は、理不尽な習わし、新参者に対する嫌がらせとしか受け取れないでしょう。
それが原因で辞めていった人もたくさんいたと思いますが、そこにある本質が通じないのであれば、それはそれでしかたのないことです。

職人の世界だけでなく、プロのスポーツの世界でも、自分の使った道具を自分で手入れする人がいます。そうした雑用を人任せにしないのは、そこに意味があるからです。字義通りの理解が本人にあるかどうかは別にして、手入れをしながら、3つのセンターの奥を発動させているんです。
仮にそのスポーツ選手が一流であり、誰もがうらやむような活躍をしていたなら、その人の逸話に「自分の道具を手入れする選手はうまくなる」といった尾ひれがつくかもしれません。
現代は三段論法的に、こうすればこうなると考え、なんでも真似すればその人と同じ領域に立てると考えがちです。でも、そこにある本質を捉えられなければ、同じ領域に至るのは難しいでしょう。

スピリチュアルなパワーが身に付くほど、日々の禊が必要

先の料理作りの話に戻れば、すべての料理が食卓に並ぶと同時に、使ったボウルや鍋などの道具をすべて洗い終えていたらいいですね。それは、禊(みそぎ)になります。
これは道具だけではなく、人間も同じです。人間は1日生きたら、1日分の垢がたまります。それは、どんな立場の人であろうと同じです。
1日生きたら、何かが少しずれる。ずれたら、修正する。
地球に生きるというのは、そういうことです。

ときおり、禊だったり修正だったりが面倒臭いから、スーパーパワーを手に入れたいという人がいます。そういう人は、禊や修正をはしょれると思っているんですね。
でも、それは逆です。スピリチュアルなパワーに目覚めれば目覚めるほど、日々の禊や修正が大事になります。それもグラウンディングのひとつです。

現実的な物事に対処しないまま、それ以外の器官をいくら発達させても、人としてバランスが悪くなるばかりです。そういう人が、仮に見えないものが見えたとしても、見えたものへの解釈に偏りが出ることは否めません。それを使って人を導くとなったら、かなり危険なことになります。

そうした意味では、社会的に宙ぶらりんの状態で精神修行している人よりも、精神修行など眼中になく仕事に励んでいる人のほうが、物がよく見えていると思います。それは、グラウンディングができているということです。

(この記事を書いた人/佐藤惠美子)

Kan.
道教(タオ)に伝わる、覚醒のための秘術「クンルンネイゴン」の正統な継承者。幼少の頃より武術に親しむ。ラグビー選手時代に脊椎損傷、車椅子の生活を余義なくされたが、ある人物がもたらしたワークにより身体の自然に目覚め、完治。その後、本格的に氣の修行に入る。長年にわたり呼吸法の実践指導にあたる傍ら、世界各地の偉大な覚者、神秘家、シャーマン、武術家らと親密に交流を重ね、数々の秘術を体得。2005年、クンルンマスターであるマックス・クリスチャンセン氏(Dao Shr)と運命的な出会いを果たす。現在では、彼の噂を聞きつけた世界中のプロモーターから依頼され、アメリカ、ヨーロッパ、イスラエルなど、世界中でワークショップを開催している。師より与えられた道教名は天仙(Heavenly Immortal)。

『時空を超えて生きる』
潜象界と現象界をつなぐ
Kan.著/ナチュラルスピリット

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