チベットやヒマラヤ地域で1200年間にわたり、土着宗教として根付いてきた「ボン教」。
チベット亡命政府は、チベットの伝統的な5つの宗教のうちのひとつと認めています。
弱い立場にあるマイナーな宗教として弾圧や差別を受けつつも、ボン教が今日まで生き抜いてこれたことには、確たる理由があります。

人生の苦しみを超越させる教えと実践法

その理由を明かすべく、“弱者としてポジティブに生きぬく術”を極めたとされる、ボン教ならではの叡智と魅力に迫る本書。
国内外にわたるボン教の研究者8人が、それぞれ知り得る情報を展開。歴史や文化・宗教哲学・瞑想法など、真摯な視点で、ボン教の全体像を浮かび上がらせています。

 

『ボン教 ー 弱者を生き抜くチベットの知恵』
熊谷誠慈編/三宅伸一郎、小西賢吾、ダニエル・べロンスキー、箱寺孝彦、チューコルツァン・ニマ・オーセル、テンジン・ワンギェル著/創元社
本体2,300円+税

チベットの国教としての立場を8世紀末に仏教に奪われながらも、“仏教にも劣らない叡智の教え”として知られるボン教は、今や熱心な求道者が世界中に広がるまでになりました。

ボン教の魅力は、その超越性にあります。
第十五代の総院長アンガ・アクアは卓越した神通力を持つことで知られ、地面に手を触れて湧いた泉が、今でも僧院の前にあるそうです。
また、次のようなエピソードも。

 

アンガ・アクアの髪にまつえわる、よく知られたエピソードがある。彼は七十三歳のころ大病にかかったが、周囲の人びとはまだこの世にとどまってほしいと願った。
その願いを受け入れるとたちまち病は癒え、白かった髪が黒く変わったという。このときには、チベット人のみならず、松潘を拠点とする漢族の役人たちも長寿を願ったことが伝えられており、ボン教の有力な指導者が民族を超えた崇敬を集めていたことがわかる。

(弱者を生き抜くチベットの知恵『ボン教』より)

 

このような超越的人物を輩出したボン教の教えには、「弱者としてポジティブに生きぬく術」を身に付ける方法が示されていて、生きづらさを感じている現代人に、自信と希望をもたらすものだそう。
その具体的な習得法を、本書では「ゾクチェン瞑想」「ボン教の呼吸法」「ボン教のドリームヨガ」について、それぞれの分野のエキスパートたちが解説しています。

特に目をひいたのが、「ゾクチェン瞑想」の章。この瞑想法はチベット仏教の最高峰とされ、「ゾクチェン」とは自己解脱の道を指します。
この章をナビゲートする箱寺孝彦さんは、『ゾクチェン瞑想マニュアル』(ナチュラルスピリット)の著者でもあり、本場での修行を経た、ゾクチェン瞑想の日本の第一人者。

ゾクチェン瞑想の醍醐味とは、仏性=心がむき出しとなった境地「大楽」に至ることとし、そのための呼吸法と得られる効果を、細やかに解説しています。

 

6章では、シンプルで効果の高いゾクチェンの呼吸法「導き入れ」の行い方が紹介されています。

「大楽」の状態は、原因と結果という因果律を超えたものであり、困難な修行など必要ないことも大きな魅力です。

 

思考が晴れれば、この煩悩三毒をはじめとするあらゆる苦しみや悲しみから私たちの心は解放されるのです。このとき体験するどこまでも透明な開放感や幸福感のことを「大楽(bde chen)」と言います。
(中略)
大楽があなたを包み込み、燃え上がるようになると素晴らしい! この大楽に留まることこそゾクチェン瞑想のエッセンスなのです。
(中略)
このゾクチェンの大楽には、顕教や密教には見られないとてもユニークな特徴があります。通常、幸福や喜びを感じるためには、何か原因が必要です。
(中略)
しかし、最終的には、特別な呼吸法を用いなくても、いきなり心をむき出しにして、大楽を体験することができるようになります。つまり、何の原因もなく大楽はあらわれてくるのです。このように、ゾクチェンの教えで説かれる大楽は、因果律や縁起を超越しているのです。

(弱者を生き抜くチベットの知恵『ボン教』より)

 

このような大楽の状態に留まり続けるなら、仕事でリストラされたり、愛する人を失ったり、病気に侵されたり、経済的苦境に陥ったりしても、何が起ころうと自信を持って人生を生き抜くことができると言う、箱寺さんの力強い言葉が、ボン教ならではの魅力を物語っています。

その他の章も含め、しなやかに生き抜くための知恵がちりばめられた本書。ボン教の純然たる輝きに触れ、その境地を体験したい人にお勧めです。

(この記事を書いた人/Y_MAYUMI)

 

チベットのレアな瞑想法の数々を満載!
『ゾクチェン瞑想マニュアル』
箱寺孝彦著/ナチュラルスピリット
本体2,100円+税