現役の神職・古川陽明さんが語る「古神道祝詞」の穢れ・祓い・願望達成のパワー:1

『StarPeople』誌で「初めての古神道」を連載していた古川陽明さんは、神仙道・古神道の道士でもあり、現役の神職として日々、研鑽を深めていらっしゃいます。
そんな古川さんが2年前に太玄社から発売した『古神道祝詞 CDブック』は、なんと現在も、Amazonで首位の人気を誇っているロングセラーなのです!
このCDブックの目新しさは、他に見られない本格的な祝詞を網羅し、なおかつ、祓いの力を増強させる「特別な秘密の呪文」が「天津祝詞之太祝詞」の中に収録されていることにあります。
最近の異常気象や災害での不安や、変化の激しいこの時代の指針として『古神道祝詞 CDブック』の人気が高まる中、古神道の奥義や「穢れ」と「祓い」のパワーなど、古川さんにこの本の魅力について語っていただきました。

伝承を忠実に再現した、神の教えを説く祝詞

私は神職として、神様の道を伝える仕事をしています。神職の免許を取る時に修行した際に、師からは「神職は神様と人の間を取り持つ「中臣(なかつおみ)」の役目なのだから、そこに自分の思想とか考えを入れてはダメなんだよ」と言われました。
厳密に言うと、神様そのままの言葉では簡潔すぎて人は聞いてくれないので、ある程度は自分の解釈なども入れますが、この『古神道祝詞CDブック』しかり、師から教わったことをわかりやすく書いただけで、自分の考えは最後のほうに少し入れたのみです。

この本はかなりの反響をいただきましたが、その理由は本格的なものに仕上げたからだと思います。私個人の考える神道ではなくて、学術面で詳しい人が読んでも、「ちゃんと基本を押さえているな」と思ってもらえるようにしました。
ご紹介している祝詞は、平安時代から伝わるものや、鎌倉時代に伊勢の大神神様の言葉が記された〝伊勢神宮の秘伝書〟が元になっています。伊勢のご神託を基にした祝詞には、神様が「倭姫命(やまとひめのみこと)」という、天皇家に由来する巫女に神がかって降ろされたものであり、〝人間というのは神様の魂をいただいている神の子なんだよ〟ということが書かれています。

その他にも、室町時代から明治までの日本の神道のスタンダードになった「吉田神道の秘伝祝詞」も載せています。読み方は伝承どおりですが、この吉田神道の秘伝祝詞がCDとして音声化されたのは初めてだと思われます。
その意味でも、このCDブックは非常に貴重なものです。

「穢れ」とは永続的なものでなく一時的な状態

古神道でいう「穢れ」とは、永続的なものではなく、〝状態〟を指します。
●け=気、エネルギー
●かれ=枯れ
つまり、穢れとは「気枯れ」であり、〝エネルギーが枯れている状態〟なんです。例えば、怪我をして血が出ている状態は、穢れ=エネルギーが枯れている状態です。怪我をしているんですから、もちろんエネルギー不足です。
そのように「エネルギーが枯れている時に、わざわざ神社に行って祈らなくてもいいですよ」というのが、古神道の考え方なんです。もっと言うと、もし私の体から出血しているようなら、神社のお勤めはご遠慮しないといけません。

逆に言うと、体から血が流れていなければ、それは穢れではありません。例えば、人体には便や血液などが入っている内臓があるけれど、それ自体は穢れではなく、その内容物が体外に出て、人体と分離した時に、穢れの状態になるんです。
汗や涙は穢れではありませんが、それが匂いを放つまでになると、穢れとなります。わかりやすい穢れ状態のひとつが、不潔であること。
人であれば、気の枯れた穢れ状態としてわかりやすいのが、不潔な人。
パッと見て、嫌な感じがする人がいるでしょう? お風呂に入ればいいのにと思うくらい、不潔にしている人のことです。その人がお風呂に入って、汚れが取れてきれいになったら、穢れを取り去った清浄な状態になります。

つまり、〝滞っている状態=穢れ〟と言えます。「痛い」とか、「お腹が減った」とか、「お金が欲しい」と思うのは、人間として当たり前なので、穢れではないんです。
誰かに対して、「好きだ」「憎い」と思っても、それが自然な発露であり、思うのが一瞬であれば、それ自体は古神道の見地では罪ではありません。
でも、その思いを自分の中で〝包み込んでいる状態〟だと、罪になります。包み込んでいる状態とは、滞っている状態。ずっと思い続けていること、それが穢れとなり、罪になるんです。

祝詞は自分のエネルギーを良好な状態へと導く

穢れているという状態は、エネルギーが損なわれ滞っている状態です。それは、いわゆるオーラの状態にも反映されます。
私の場合、オーラを見なくても穢れの度合いが雰囲気でわかりますが、そのような人や場所にスイッチを合わせると、体質的に自分へと伝わりすぎてしまうので、普段はスイッチを切るようにしています。

神様に通じようと思ったら、自分というものを清らかにしないといけません。自分の中にいろんな雑念つまり不浄なエネルギーが入っていると、神様からのメッセージが入らないし、自分自身のエネルギーを綺麗に保たないと、エネルギーが詰まってしまい、ちゃんと使えません。

ですので、祝詞を唱えることで、自分のオーラを調整しているようなものなんです。例えば、このような感じです。

●「禊祓い詞」は、自分と場所のオーラを全般的に調整する働きをします。
●「神変自在変穢成浄之上科津祓」は、身体に悪影響を与えるエネルギーを祓ってくれます。
●「神通自在心源清浄之下科津祓」は、精神に悪影響を与えるエネルギーをていねいに祓ってくれます。悩みのある人にはお勧めです。

エネルギー枯れを即効的に補うには祝詞奏上と食事をすること

魂が穢れると人は迷うし苦しむ。魂が清らかになると神様に戻るので、全て思うようになりますよ、というのが祝詞に書いてあることです。
穢れとはある意味、汚れとも言えますが、少し違うのは「穢れとはエネルギーの不足」を意味していることです。
神社でのお祭りでも、神様に食事を捧げることこそ、実は祭祀の最重要なところなんです。そして、そのお供えを祭祀の後に皆で食べる「直会(なおらい)」が大切とされています。

エネルギーの枯れを即効的に補充するには、祝詞奏上とともに食事をするのが効果的です。肉体は器なので、穴が空いていたら、いくらエネルギーを入れたって漏れてしまいます。
例えば、西洋魔術の教えでは、「呪われたりしている時は、とりあえず胃に食べ物を入れろ」と教えています。
これは胃に物を入れることで、損なわれたエネルギーを補充すると共に、胃に物を入れることで霊的なスイッチを切ってしまうんです。

エネルギーの補給ではなく、単に自分でできる簡単なお祓いとしては、「柏手」や密教で行う「弾指(だんじ)」(指をパチンとさせて音で祓う所作)があります。
密教では、仏の厨子を開ける時なども弾指を行います。また、密教の口伝には、「柏手を打ち、弾指をしないと魔は去らない」とまで言っている流派もあります。
古神道でのお清めも、後ろを向いてもらった状態で、「祓たまへ清め給へ」と唱えながら弾指を行ったりします。

 

古川陽明さんによる待望のワークショップ
「古神道祝詞師入門講座」を、
9月22日(土)に開催します
http://naturalspirit.ws/yomeifurukawa_201809/

古川陽明さんからのメッセージ

この「古神道祝詞師の講座」は、本当は有望な人に代わりに講師になって欲しかったのだけど、そういう人材がなかなか育たないので、じゃあ育てようという意図があります。
今年のような天災が多い時に、寄付やボランティアをするように、日本全国の有志が鎮災や国土安穏や萬民豊楽を祈って、祝詞を奏上できるようにと。
「古神道祝詞師」というのは私が提唱したものですが、鎮災を祈っている時に幽の神懸りで降りて来たので、神仙の霊示だと思っています。
祝詞の清らかで優しい調和に満ちた言霊を多くの人が発することで、日本の国土も、人々の心も、和らいで静まると確信しています。
自分を祓い清め、天地を祓い清めましょう。

古神道祝詞(古伝の祝詞)を奏上して、言霊の力で変化を起こせる祝詞師、というのが「古神道祝詞師」の定義の一つになると思います。
この講座では、そのための実践を一からご教授します。
もちろん一回ですぐ古神道祝詞師になれるものではないですが、段階を経た学習と実践が導いてくれます。

古神道祝詞CDブック
古川陽明 解説・奏上/太玄社

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