占い師・田中要一郎の占術談義/10回目〈占星術研究家〉 鏡リュウジ:占いが途絶えるなく存続していることで、その人にとっての日常が回復していくんです

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17世紀のイギリスの大占星術師による名著『クリスチャン・アストロロジー』(ウィリアム・リリー著、太玄社)の翻訳を手がけ、ご自身も占い師と風水師としての顔を持つ田中要一郎さん(写真右)。
そんな田中さんが、占い界の重鎮クラスのゲストを招いてスペシャルトークするのが、この企画。
10回目のゲストは、なんと、日本の占星術界をリードする超大物&大人気占星術研究家の鏡リュウジさん。これまでの軌跡やご自身の哲学も含め、盛りだくさんに語っていただきました。
最後のQ&Aでは、新型コロナウイルスのパンデミックに関する見解も。
2人の占術の専門家による、ディープな世界をお届けしましょう。

中学生のときに魅せられたタロットカードの世界

田中 鏡さんとは、僕が翻訳した『クリスチャン・アストロロジー』の本の帯に推薦文を書いていただいて以来のお付き合いですよね。
海外のカンファレンスにも、お誘いいただいたりして。

鏡 公私ともにお世話になっております。今年1月のメルボルンでのカンファレンスのときは、同じ宿で寝起きしましたよね。

田中 そうでしたね! 会場の大学付属のすごく広いアパート式の部屋をとっていただいて、個々の部屋で寝て。今でもよく覚えています。鏡さんはもう、僕の人生のキーマンの一人なんですよ。
これまで、生い立ちなどは伺っていなかったので、そのあたりからお聞きしたいと思います。ご出身は京都ですよね?

鏡 はい、生まれは西陣です。でも3歳頃までしかいなかったので、あまり記憶がなくて。4歳頃から11歳までは桃山で過ごしました。11歳で両親が離婚したので、京都市内の松尾にあった母のアトリエに移ったんです。

田中 アトリエというのは?

鏡 母は日本で最初に「着付け学校」を始めた女性で、着付けのほかにも着物デザインなんかもやっていて、その創作場所としてアトリエを持っていたんです。
そこは3LDKほどの広さがあったので、中学と高校時代はそこで家族と暮らし、大学に入るときに東京にやって来たんです。

田中 そうでしたか。占いを始めたのは?

鏡 10歳か11歳の頃、タロットからです。当時、アニメを中心にオカルトブームだったんですよね。魔女っ娘もののアニメがあったり、『エコエコアザラク』(古賀新一作)や『魔太郎が来る』(藤子不二雄Ⓐ作)というホラーマンガがあったり。
70年代初頭の、まさにオカルトブーム全盛期で。

田中 なつかしい・・・。ユリ・ゲラーも来日しましたよね。

鏡 そうそう。映画では『エクソシスト』や『オーメン』とかが公開されて、ピラミッドパワーも流行りました。そんな中で、自分でもできるものがあると知って「タロット・カード」にハマったんですよね。

田中 どの本から学んだんですか?

鏡 辛島宜夫(からしまよしお)先生の本が最初かな。確かタイトルは『プチ・タロット 恋の十字架占い』(笑)。小学生時代に通った小さな本屋にたまたま並んでいて、タロットカードが付いていたんです。
その頃はカードで占うことにはあまり興味がなくて、タロットカードが醸し出す雰囲気の方が好きでした。オカルティズムへの関心が強い子どもだったのかもしれません。
中学に入る頃には、ウェイト=スミス版タロットを買ってもらって本格的に・・・。

田中 どこで買われたんですか?

鏡 京都の高島屋のおもちゃ売り場(笑)。付属のブックレットは英語でしたから、辞書を引きながら自分で訳して「アーサー・ウェイトはオカルティストで魔法使い」と書き込んで・・・、「現代にも魔法使いっているのかな?」とか、オカルティズムへの関心が高まっていった感じです。

田中 タロット占いをやってみて、「当たっている」と実感されました?

鏡 多少は。でもやはり、占うよりもカードが持つオカルティックな雰囲気の方に興味があったかな。

ユングを学びながらマニアックな占星学にのめり込む

田中 では、占星術との出会いは?

鏡 タロットを始めた直後、中学生になってからです。タロットには、関連惑星についての情報が盛り込まれていますよね?
その意味を知りたくて、糸川英夫先生やルル・ラブア先生の新書を買って、「占星術? なんじゃこれは?」と思いながら読みましたね。

田中 タロットよりも、占星術の方がしっくりきましたか?

鏡 同時進行でした。当時は魔術の世界にもすごく興味があったし。
自分の中の位置付けとしては、「タロット・魔術・占星術」の順だったんですが、今では占星術を中心にいろいろ関心をもっているという。

中学3年生の頃、ハタと気づいたんですよね。「なんで自分、こういう迷信をやっているんやろ?」って。「タロットや星の配置で何かが当たるというのは、どう考えても迷信というか、間違っている。なのに、やめられない。どうしたらええねん?」と思っていたときに、ユング関連の本と出会ったんです。
確か、中3か高1くらいのときかな。

田中 え、中3? すごい早熟ですね。

鏡 占いの本を読んでいると、必ずユングの名前が出てくるでしょう?それで、「これはやらなあかん!」という感じで。
河合隼雄先生の『コンプレックス』(岩波新書)と秋山さと子先生の『ユングの心理学』(講談社)を読んで、すごい衝撃を受けたんです。「なんじゃ、これは? ユング心理学って占いじゃないか!」って。

田中 ユング心理学は、占い同然だと(笑)。

鏡 そうです。やっていることはほとんど一緒だなと。いや、こんな言い方したら叱られるでしょうけどね。でも、本質的なところでは通じるものがあると思う。
それでいて、ユング心理学はまっとうな学問の顔をしているわけだから、「占星術もこれを使えばいいのに」と思っていたら、その後、ユング派の占星術師たちがいることに気づいたんです。

高校生のときに家族でハワイ旅行に行った際には、こんなことがありました。
現地のオカルト書店に立ち寄ったら、店員からリズ・グリーン(ユング派分析家・占星術家)の本を勧められたんです。そのきっかけが面白くて。
一緒にいた母が「この子にお勧めの本はどれ?」と聞いたら、その店員が最初、絵本を持ってきたんですよ。僕が子どもに見えたんでしょうね(笑)。

 

母は怒って「バカにしているの? 手加減しなくていいから、あなたが本当に一番いいと思う本を持ってきて」と言いました。
それで、次に持ってきたのがリズ・グリーンの『サターン 土星の心理占星学』だったんです。

田中 へぇー、お母さんもすごいけど、土星をテーマにした本を選ぶその店員もすごいですね(笑)。そのときに、リズ・グリーンとの縁ができたわけですね。
※『サターン 土星の心理占星学』の日本語版は、鏡さんが翻訳して2004年9月に青土社が刊行。

鏡 そうそう(笑)。他にも、高校生の頃、社会人のオカルトサークルに入っていて、そこで洋書を共同購入するプロジェクトがあって、アクエリアン出版などの文献を入手していましたね。
オランダの占星術家カレン・ハマカーの本とか、後に僕が翻訳することになるリズ・グリーンの『Relating』(邦題『占星学』青土社刊)とか買いました。アマゾンなんかない時代ですから。

田中 えー、高校生のときに!? 専門的で難しい内容だったんじゃないですか?

鏡 当時の僕にはめちゃくちゃ難解で。でも、自宅に京大生の家庭教師が来ていたので、一緒に読んでもらったりしました。

田中 どうりで英語が堪能なわけですね。

高校生のときから開始した雑誌への執筆活動

田中 鏡さんは、かなり昔から雑誌で連載されてきましたよね?

鏡 高校生の頃から、少女向けの占い雑誌『マイバースデイ』(実業之日本社)とか、いろいろと関わっていました。

田中 高校生で、すでに連載を持っていたと!?

鏡 中学生の頃から、気にとめていただいてたんです。少女向け占い雑誌の『ミュー』(サンケイ新聞社)に、占星術の読み解きコーナーがあって、その回答を投稿してたら評価されて、賞とかいただくようになって。

そのうち、今は亡き占星術師のG・ダビデ先生から直接電話が来て、「良かったら東京に来ませんか?」と誘われたんですけど。
「せめて高校は行かせてください」と断ったら、「君、中学生だったの?」って衝撃を受けたみたいで(笑)。
「じゃあ、高校生になったら連載始めないか?」と言っていただいて、高校1年の頃から400字の短いコラムを書き始めました。その延長で、G・ダビデさんには、占星術の解釈についても教わりました。

田中 中学生ですごい状態だったんですね。将来を考えなきゃいけない高校3年生の頃は、先々どうしようと思っていたんですか?

鏡 僕は数学が致命的にダメだったので、国公立は諦めて私立文系を目指そうとしていました。
当時の偏差値ピラミッドの頂点は早稲田大学の政経学部で、たまたま連載させていただいていた『クレープ』の編集長が、早稲田の政経出身だったんです。

そこで、「受験のためのアドバイスをください」とお願いしたら、「そんなところに行ってどうすんだ! 何万人も卒業生がいるマンモス大学行ってもしょうがないだろ」って怒られて。
「語学が得意なんだし、少数精鋭のICU(国際基督教大学)っていう大学があるから、そこに行け」と。

田中 すごいですね、ICUを勧めるなんて。

鏡 今でこそ有名な大学ですが、当時、僕を含めて京都の高校生は誰も知らなかったんです。
それで調べてみたら、「スゴイ大学じゃん、行ってみたい」と思い、結果的にも、東京の大学はICUしか受からなかったんですよ。関西はいくつか受かりましたけど。

田中 それで上京したんですね。

鏡 あ、京都の人は「上京」って言わないんです。「東京に行く」です(笑)。

田中 あはははは。東京に来て早速、出版社に連絡しましたか?

鏡 いえ、その頃はすでに連載をたくさん抱えていたので。出版社のルートを2つ持っていて、ひとつは女性向け雑誌。もうひとつは、作家の朝松健先生経由で、硬めのライン。
朝松先生は雑誌『ムー』(学研)のメインライターだったんです。ところが、「これからは小説一本でいく」と一大決心されて、「代わりにこれを置いていくから」と、『ムー』や今はもうないけれど、『トワイライトゾーン』といったオカルト雑誌の編集部に僕を紹介してくださったんです。

まだ大学生でまともな原稿も全然書けないのに、両編集部にかわいがってもらって、すごくいい勉強をさせてもらいました。
それに朝松先生には、『ユリイカ』(青土社)も紹介していただき、翻訳ものをさせてもらいましたね。

最初に手がけたパワーストーンの翻訳本が大ヒット

田中 ご自身の本を手がけたのは、いつですか?

鏡 翻訳本ですけど、1989年に出版された『クリスタル・パワー』(コニー・チャーチ著、二見書房)です。

田中 どういう経緯で翻訳を?

鏡 アルバイトで「サマリー」を作っていたんです。サマリーとは要約文のことで、洋書をざっと読んで、主だった内容を文章にします。それを編集者に伝え、その本を邦訳する権利を買うかどうかを出版社が決める参考にするというわけ。
サマリーをバイトでやったら、「なんなら翻訳までやっちゃいませんか?」というお話をいただいて。

田中 え? サマリー作成からそのまま翻訳者に?

鏡 そうそう。ほんと、かわいがられてましたよねえ、僕(笑)。そうしたら、その付録付きの本が景気がよかったこともあって、10万部近いヒットになって。
出版って儲かるんだと勘違いして道を踏み外したわけです(笑)。まさかそのあとの人生、ずっと占いに関わるとは考えてもいなかった。

田中 なるほど(笑)。ペンネームはすでに鏡リュウジだったんですか?

鏡 そうですね。

田中 鏡という名の由来は?

鏡 「鏡みたいでありたい」という思いがあって。でも、あまり深い意味はないですね。そもそも大学生の頃は、ずっとやっていくつもりはなかったですから。
「まともな社会人になろう」と思っていて、そうなれるものだと思っていたから。思い上がっていましたね(笑)。

田中 いえいえ、社会人できるでしょう(笑)。あと、リュウジの由来は?

鏡 リュウが好きだったんですよね、なんか。

心理占星術が定義する「魂」にこだわった本でデビュー

田中 では、自著デビューは?

鏡 『魂(プシュケー)の西洋占星術』(学習研究社)。1991年だったかな。

田中 あの本は、「心理占星術」の教科書ですよね。日本初でしたか?

鏡 いえ、すでに岡本翔子先生が『ロマンチック心理占星術』(主婦の友社)を出版されていて。岡本さんの心理占星術は、雑誌でも特集を組まれていました。

田中 鏡さんの本の方は、タイトルに「魂」という言葉が入っていて、ちょっとスピっぽい感じですよね?

鏡 そこは誤解なきようにしたい部分! そもそも、サイコロジーのサイキは「魂」を意味しているんです。
そして僕の本の「魂」は、ジェイムズ・ヒルマンの定義から来ています。彼はユング派の心理学者で、単純な定義にはまらない「こころ」の経験世界を「魂」と呼ぶわけです。
決して今のニューエイジスピリチュアルな人が言うような、明るいだけのものでも、実体的なものでもない。

光栄なことに、僕はジェイムズ・ヒルマンのベストセラー『魂のコード』を翻訳して、あの河合隼雄先生に本の帯用の言葉もいただきました。
ヒルマンと親しいトマス・ムーアの『内なる惑星』も翻訳しましたが、彼らの「元型的心理学」は、ルネサンスの占星術や哲学にインスパイアされているんです。

ヒルマンと親しかった河合隼雄先生も、「魂」という言葉を多用します。つまり、ユング派の人たちは、心理学の中には納まりきらない何かがあると考えるわけです。それは、古代のプラトンやアリストテレスに始まる霊魂論にもつながっていく。
ユングは、その系譜上にあるんです。河合先生にならって、ここでは漢字じゃなくて、ひらがなで「たましい」と書く方がいいのかもしれないですけど。
いずれにせよ、前世とかに関連づけるニューエイジやスピリチュアル系の人がいう「魂」とはかなり違う意味あいの「魂」なんですよね。

田中 魂の~ってなると、どうしてもスピリチュアルなイメージになりますよね。

鏡 まあ、それは仕方ないところもあるけれど、決して安易にシンプルに語れるものではないし、問題を解決するためや、望んだものを「引き寄せる」方法でもない。

田中 あはははは。前世がどうのこうのとかね。

鏡 それ、アカンって。詩人のキーツに由来し、ヒルマンが提唱する「ソウルメイキング」という言葉とかを安易に占星術で使われると、「それ違うよ」って言いたくなります。

心理占星術に関して言えば、僕はリズ・グリーンにすごく感銘を受けて、彼女の本を翻訳することで日本に紹介してきました。でも、同時に僕の師匠的な人は、ジェフリー・コーネリアス博士やマギー・ハイド先生です。
マギーさんの本も僕は翻訳していますが、彼らはある点で、グリーンにかなり批判的です。そのことをちゃんと理解してくれている占星術家は、残念ながら日本では少ないですね。

 

日本の占星術界を塗り替えたヒットメーカーに

田中 大学卒業後もどんどんご活躍されて、出された本もずいぶん売れていましたよね。

鏡 翻訳をした中で、2000年に発刊されたジョージア・サバスの『魔法の杖』(ソニーマガジンズ)は、ミリオンセラー(累計100万部越え)になりました。
でも、それが自分が手がけた本の売れ行きのピークだったのかな・・・。たぶん、2000年代前半が僕の知名度的なピークだったかのかもしれませんね。

当時、自分でも「気持ち悪い」って思ったのは、年末にコンビニに行ったら、雑誌コーナーのほぼ全部の雑誌の表紙にでっかい字で「鏡リュウジの~」って書いてあって。

田中 あの頃、やたら見かけてましたよ。鏡リュウジ、鏡リュウジって(笑)。

鏡 若かったから耐えられたんだろうな(笑)。あんなん、今はもう無理。って、今はそんなにお声がけいただけないでしょうけどね。

田中 『情熱大陸』(2005年12月04日放送)にも出演されましたよね。 めちゃくちゃ働いてたんじゃないですか?

鏡 はい、でも若かったから、楽しかったですね。同時に、大学院では修士号とったり、非常勤講師なんかもしていたから。

田中 『鏡リュウジ星のワークブック ホロスコープが自分で読める』(講談社、2006年)が出版されましたよね。 あの内容は、僕の中では決定的にスゴかったです。
どういういきさつで作られたんですか?

鏡 お世話になっていた女性誌『FRaU』(講談社)の15周年企画だったんです。「何か新企画の単行本を」という話になって、「じゃあ、付録にCD-ROMを付けようよ」と。

田中 そう! 当時としては斬新というか。あの本に鏡さんが「惑星は動詞で、サインは副詞か形容詞。その範疇の中でなら自由に読んでいい」って書いてて。
その言葉に、当時、ものすごくショックを受けたんです。

鏡 あの方法は、一昔前の英語圏での占星術の教え方のスタンダードだから、決して僕のオリジナルではないけれど。

田中 でも日本では「何室に○○があればどうのこうの」という感じで、解釈の自由度が少ないマニュアルというか、きっちり定められたクックブック的な教え方ですよね。
僕は鏡さんの本でやっと、「もっと自由で良かったんだ」と思えたというか。クックブック的な教えから入ると、そこから抜け出せないんですよ。

鏡 解釈を組み合わせたときに矛盾が出ると、そこで立ち止まることになりますしね。

田中 それを、あの本が打ち破ってくれたんです。今、本の名前が『占星術の教科書』に変わりましたよね?

鏡 そうです。ワークブックは上下2冊ありましたが、それを両方とも。当初入れられなかった「アスペクト」や「トランジット」を網羅したり、チャート全体の読み方の手順を付け加えています。文字通り「教科書」にしたつもりですが、これもよく売れています。

田中 ところで、本をお持ちいただいていますね?

鏡 影響を受けた本を持ってきました。ジェフリー・コーネリアスの『The Moment of Astrology: Origins in Divination』です。
「占星術はカガクだー」という声が強かった時代に、占星術はDivination、つまり「占い・卜占(ぼくせん)である」と主張したスゴイ本です。

これが、鏡さんが絶大なる影響を受けた本。『The Moment of Astrology: Origins in Divination』。

 

田中 哲学的な内容ですよね。邦訳版は出てませんから、ぜひ、ナチュラルスピリットさんで。

鏡 これを訳すのは大変ですよ。で、絶対に売れない(笑)。

田中 この本は鏡さんにぜひ、翻訳してほしいですね。ロバート・ハンドは「現代の占星術の最も重要な書物のひとつだ」と言っています。専門家でもかなりやっている人でないと、わからない内容ですけど。

鏡 でも、日本人からすると、“占星術は卜占という占いだ”というのは「当たり前やねん」と思うところもあるでしょうね。

田中 イギリスの認識としては、占星術は科学なんでしょうね。

鏡 当時は、占星術を「科学」にしようという動きが強かったですね。「タロットみたいな偶然ぽいものと一緒にしてくれんな」という感じでした。

歴史的に見ても占星術の主な潮流は、アリストテレス的な因果論をバックボーンにして理屈付けをしてきた経緯があります。
でも、やはり占星術の基礎を成すのはバビロニア以来の「オーメン(予兆)」であり、因果論的なモデルではないということを論じたのが、ジェフリー先生。今では、英国でもかなり支持されていますよ。

次世代を育成するスクールを始めた理由

田中 これまで対面鑑定は一回もされてないんですか?

鏡 学園祭でやったくらいで、本格的には一回もしていません。そのスタンスは最初から貫いてますね。
やったら大変そうなのと、僕はわりと心が弱いので、やったらええ気になっちゃって簡単に「プチ教祖」になりかねないと思うんですよ。

田中 「何年待ちのカリスマ占い師」みたいな?

鏡 待たせるだけならまだいいですけど、人を支配しようとしたり、こっちが相手に依存したりするのが怖いなと。
中高生の頃、友だちとかを占いましたけど、そこで気づいたのは占いの怖さです。占いは相談者を依存させるということは、占い師側も依存する。つまり、共依存の関係になるのが怖いと感じたんです。

田中 なるほど。でも今、スクールも運営されてますよね? 実践鑑定はされていなかったから、びっくりしました。

鏡 はい。コースを教えています。背に腹は代えられずというか(笑)。いや、もうこの歳だから、そろそろいいのかなって。

田中 あははは。占星術研究家の伊泉龍一さんと対談したときも、「僕は鑑定はしないんだよ。でも、鑑定の仕方を教えてくれって言われるから教えてる」っておっしゃっていて。
鏡さんもそういう感じですか?

鏡 インターネット世代の人たちを見ていて、「これは一回やっておかなきゃアカンな」って思ったんです。
ある種のプラットフォーム的なものを、ちゃんとやっておいた方がいいかなと。
考え方の枠組みを教えることで、占星術をメタ(俯瞰した)レベルで捉えられるような人たちを育てないと危ないというか。もっと基礎教養がある人が増えてほしいな、という思いがありますね。
基礎教養というのは、占星術を支えているベーシックな考え方はこうなっている、といったもののことで「占星術の思考法の型」と言えます。

例えば、僕のコースでは最初に、「占星術には二つの考え方があります」と教えます。
ひとつは「因果論」で、宇宙の何かしらの力が地上に働いて、影響を及ぼすというもの。
もうひとつは「照応論」という考え方で、天に存在するものと地上にあるものが、まるで映し鏡のように互いに象徴的に反映しあっている、という考え方。
できる限り客観的に系譜を説明しつつ、自由に占星術の象徴を使いこなせるようにレッスンしているつもりです。

田中 なるほど。ご自分で試して、実感できた考え方を教えているんですか?

鏡 僕の場合、イギリスに度々行って、英国モダンアストロロジーの型がすっかり入っているので、それを伝えてようと思っています。

パッケージ化が進む海外の占星術業界

田中 長年、英国占星術協会のカンファレンスに参加されてますが、2000年代半ばからのカンファレンスの変化は感じますか?

鏡 80年代後半から現地に足を運んでいますが、大きな変化のウェーブが2回ありました。
ひとつ目は、80年代半ばから90年代の盛り上がりですね。「占星術への統計調査」「心理学的占星術の興隆」「パソコンの普及によるハーモニクスなどの細密な技法の発展」「伝統・古典占星術の再興」、そして水面下で行われていた「占星術実践者のアカデミズムへの参入」という、実に多彩な動きが同時進行していた時代です。
この時代の空気を直接吸えた僕は、本当に幸運だったと思う。

2つ目のウェーブは、2000年代半ば以降のインターネットの普及に伴う「ネット占星術コースの拡がり」です。

田中 それによって、若手も育ってきましたからね。僕と同年代や、その下の世代とかも。最近の世代はどう映りますか?

鏡 僕が育ったときとは状況が違いますが、やはり素晴らしいし、頼もしいですよ。

田中 大学や大学院に、もう一度戻ろうとする人もいますよね。

鏡 今は大学がすごくオープンになっていますし。以前は大学院にしても、勉強しようにも受け皿がありませんでした。

田中 そういう大きな流れの中で、長年、英国の占星術の世界を見てきたわけですよね。

鏡 35年以上になっちゃうかな。

田中 占星術に対する、海外と日本の環境の違いについてはどう思いますか?

鏡 田中さんも驚かれたように、海外では大規模な占星術のカンファレンスがあるのが大きな違いですよね。
80年代、90年代のイギリスのカンファレンスは、本当に牧歌的でした。まさに共通の趣味を楽しんでいる感じで。

ところが2000年以降は、隙あらば「マネタイズ」しようとする感じがしてて。要するにコース化して、お金にしようとするわけです。すぐにシステム化したコースにするので、あれがちょっと寂しい。
僕としては、リタイアした人や教養ある人たちや研究者たちが集まって、マネタイズとは無関係に、共通の趣味を熱心に探求していた頃の方が心地良かったかな。

田中 最近はカンファレンスも、ノウハウや物を売るための見本市化していると。

鏡 「プレゼンがうますぎる」と感じることもあります。ある理論などが商品としてパッケージ化されていて、さも「このノウハウが正しい」と主張しているように見える。
つまり、消費されやすくなっている、というのかな。消費者としては便利でしょうけど。

田中 なるほど。マニュアル化して使いやすくしていますもんね。

鏡 でもマニュアル化された占いツールを使っていても、そのうち、ある人たちは「そんなことあるかい」ってことに気づくんですよ(笑)。
おそらく、ちょっと知的な人たちは「伝統占星術」は21世紀におけるリコンストラクション(再建)であって、それ自体が「作られた伝統」であることにすぐ気づくでしょう。

でも、それはそれでいいんです。僕としては、「では、当時の人たちと今の人たちのメンタリティはどう違うのか」というところに、関心が移っていくことに期待してます。
そのことで、技法の下にある占星術の連続性や一貫性が、かえって見えてくることになるかもしれないから。

最近、翻訳しているキャンピオンの『世界史と西洋占星術』はそこを語ろうとしているし、また、リズ・グリーンの『占星術とユング心理学』は、ユングや現代占星術がいかに古代的な占星術の系譜の上にあるかを論じた大胆な本です。
日本の占星術家には、技法に加えてこういうものも読んでいただければ面白いと思うんだけどな。

ユング派分析家リズ・グリーンの最新刊。占星術の実践書ではなく、ユングが自身の思想を成立させるにあたり、占星術の伝統が与えた影響を新資料を駆使して論じた学術書。鏡さんよる監訳。

 

2つの世界を行き来する占星術の魅力

田中 カンファレンスの今のトレンドは、どういうものと言えますか?

鏡 「ヘレニズム占星術」(※)じゃないでしょうか。
※メソポタミア文明を興したバビロニア人たちによる「プロト占星術」に、ギリシャの様々な思想が加わり、紀元前3世紀頃に成立した占星術体系。

田中 確かにカンファレンスへ行くと、その傾向をすごく感じますね。鏡さんはヘレニズム占星術にご興味は?

鏡 もちろんありますよ。クリス・ブレナンさんやベン・ダイクスさんなんて、ほんとすごいじゃないですか。
その意味でも、日本の状況もすごいでしょ? 田中さんが『クリスチャン・アストロロジー』を翻訳し、ベンジャミン・ダイクスの翻訳本も今ではあるし、つい最近、福本基さんが伝統占星術の本格的な案内書を出されて。素晴らしいよね。

今の占星術の学習者は、幸いです。僕が『占星綺想』でエッセイ的に伝統占星術を紹介した時代とは、状況が違っていますから。
そういえば、ずいぶん前、伝統占星術の復興者の一人であるオリビア・バークレー先生が「日本人の勤勉さをもってすれば、本国はすぐ追い抜かれるかもしれない」なんておっしゃっていたのを思い出します。

田中 有難いお言葉ですね

鏡 ただ、あまりにマニュアル化されたものから入ると、伝統占星術の技法面にばかり目がいってしまうのが、ちょっと気がかり。
「その背景にある思想的なもの」が知りたいというか、僕なんかはその背景にある世界観にも興味あります。さらに、マニュアル化しにくいダイモーンの系譜の占星術とかも。

ヘレニズム占星術に限らず、占星術で大変難しいのは、占星術はある種の型でもあるけれど、僕からすると、マニュアルに字義的にのっとると、突然、バカバカしくなってしまうという・・・。

田中 ほぉお。

鏡 これはヘレニズム時代から指摘されていて、あのプロティノス(新プラトン主義の創始者とされる哲学者)も「昼と夜とで星が作用を変えるとか、惑星が男だ女だとか、そんな馬鹿なことをどうして信じられようか」というようなことを、すでに言っています。

ヘレニズムの時代に、ヘレニズム占星術の技法の根幹を否定しているわけです。
もちろん、プロティノスは占星術を否定しているわけではありません。彼は、ポルフィルオス(古代ギリシアの新プラトン学派の哲学者)の師匠格です。面白いでしょ?(*)

(*)「ヘレニズム占星術」の技法の根幹が否定されていたことについて、鏡さんが詳細に解説

プロティノスの『エネアス』の中で、占星術について論じているのが、第2巻3「星は(地上の出来事)を引き起こすかどうかについて」。プロティノスは因果論的な占星術理解を多角的に批判しているが、その中には最近、流行のヘレニズム占星術の大きな特徴である「セクト」理論への痛烈な皮肉もある。

「ある惑星(土星)は昼を喜び、暖められると善い星になるが、ある惑星(火星)は火の類のものであるので、夜を喜ぶと人びとは言うが、これはまるで惑星にはいつも昼が──つまり光が──あるのではないかのようであり、また後者(火星)が、地球の影の届く範囲よりずっと上方にいるのにもかかわらず、夜の帳に包まれることがあるかのようである」。
(『プロティノス全集第1巻』水地宗明、田之頭安彦訳/中央公論社)

同様に、批判はサインやハウス、アスペクトにも向けられる。 このような批判が、アリストテレス=プトレマイオス的な因果論による占星術理解に向けられているのは明白である。

一方で、プロティノスは、占星術そのものは否定していない。 議論を網羅することはできないが、一つ重要なのは宇宙全体が一つの生命であり、各部分は有機的に全体を反映しているというアイデアである。 同書にはこうある。

「天にはいわば文字がいつも(新たに)書かれつつあるのだと、あるいは一度書かれたものが動いているのだと。
・・・そしてそれらの文字による(将来の出来事の)表示(という副産物)が付随しているのだとしてみよう・・・誰かの性格にしても、その人の目を、あるいは身体のその他の部分を見ることによって、人はそれを知り得るだろう・・・かのものたち(星たち)も(世界という生き物)の部分であり、われわれもまた部分である。
だから一方によって他方を(知り得るのである)すべてのものは表徴(しるし)で満たされており、あるものから他のものを読み取る人は、いくらか賢い人である」 。

同じロジックを展開して、プロティノスはローマで公認されていた鳥占いなども肯定する。プロティノスによれば、占星術は、鳥占いのような偶然性による「卜術」とも原理的に通底している。
プロティノスによる『エネアデス(エネアス)』を編纂したのはポルフィリオスであり、いわゆる「ポルフィリオス式ハウス分割」の考案者とされていた。

(実際にはこの計算法は、それに先行する)ポルフィリオスによる『プトレマイオスの天文学入門書』として、中世において広く読まれたが、その著者が本当にポルフィリオスであったかについては議論がある。
ポリフィリオスもまた、(プロト)機械論的、因果論的占星術理解には批判的であったようで、アポロンからの神託と天体配置の折衷を試み、また神々への召喚のための占星術も論じ、その指南を与えている。
*詳細は『Divination and Theugy in Neoplatonism』(Crystal Addy)4章などを参照。

 

田中 ヘレニズムの時代から、すでに技法に関しての疑問が生まれていたわけですね。

鏡 ルネサンスにカバラを復興させ、フィチーノ(人文主義者、哲学者)を「師」であり「年長の友」としたピーコは、徹底的に占星術を批判しています。
たぶん彼らは、占星術の実践の核に、“一見したところ、合理性や字義的な技法ではないものを見てとった”んだろうと思うんです。

実際、そのバカバカしいはずの技法によって、ある瞬間にはシンボルがイキイキと語り出すことになったりします。
そういうとき、占星術は「イキイキとシンボルが息づく世界」と「伝統的な型に仕切られた世界」という、2つの世界を行ったり来たりすることをやっているんです。

田中 占星術研究家のジェフリー・コーネリアスさんは、「型から入って型を破る」みたいなことを言っていましたよね。

鏡 ジェフリー先生は「クローズドシステム」と「オープンエンド」にも例えていました。これは僕の訳した、デレク・アップルビーの『ホラリー占星術』への序文でお書きになっています。
「クローズドシステム」とは、伝統的な占いや体系的な占いのことで、それらの共通項とは“世界を縮約すること”。
この世界は放っておくと、無限のバリエーションが存在することになり、そうなると世界全体を把握できないから、世界はいくつかの要素の組み合わせである、と捉えるんです。

陰陽五行に分けたりするのも、そのひとつですよね。ものすごく少ない数のコンビネーションによって、これまで起きたことや、これから起こるであろうことを、伝統的な占いという「クローズドシステム」によって、解読していきます。

もうひとつ、伝統的な占いにある「オープンエンド」とは、鳥の飛び方や夢などの中に現れてくるシンボルを捉え、アプローチしていくことです。
ホロスコープの見方にしても、「勉強なんてしなくていい、勝手に読めばいいんだよ」というオープンな方法だって考えられますよね。
まったく占星術の勉強をしてない人に、ホロスコープを見せながら「どこかに星が集まっていない?」なんて言っていくだけでも、だんだん占い的な判断ができちゃう場合があるんです。

それに対して、クローズドなものはルールを厳密に守りながら、マニュアルに沿って進めていきます。このやり方の大きな弊害は、どの方法論が正しいかという、しょうもない論争が起こることです。

田中 そうですね。ルールに当てはまらないケースには対応できないですし。

鏡 かたや、オープンエンドの弊害は、再現性が乏しいことだったりします。このオープンエンドとクローズドを行ったり来たりするのが、本来の占いなんじゃないかな。

田中 ちなみに、先ほどの“伝統的な占いでは「鳥の飛び方」を読み取った”とのことですが、鳥も占いに使っていたんですよね。

鏡 鳥は、古代ローマ時代の占いでメインで使われていました。飛び方や鳴声などを観察し、神意を探る人を「鳥卜官(ちょうぼくかん)」と呼んだんです。
彼らは、オープンエンドとクローズドの中間のことを行いました。広場に行って聖域に区画を作り、それを空に投影してそこを飛ぶ鳥で占ったんです。この区画が、テンプルムと呼ばれ、占星術で扱う「ハウス」の起源という説もあります。

古代には、「肝臓占い」とかもあり、ヤギや羊の肝臓を取り出して、色や形状で吉凶判断することをバビロニアの時代からローマ時代に至るまで、ずっとやっていました。だから、当時は肝臓の模型もたくさん作られています。

田中 なぜ、肝臓だったんでしょうね?

鏡 (ドヤ顔で)肝心かなめ、やからちゃうか?

田中 あははは、それすごく日本語的ですね(笑)。でも、体の一部を何かの象徴として解読するのは、シャーマニックなやり方でもありますよね。

鏡 冗談はさておき、肝臓は予見の力を持つ魂をつなぐ座だと考えられていました。ゼウス(木星)が伝統的に肝臓に配当されるのは、そのためかもしれません。
シャーマニズムの定義には収まらないかもしれませんが、占いの起源にはやはり「神意を問う」という側面があるんですよ。

日常の支えになる楽しさを伝えたいという想い

田中 鏡さんはこれまで、数々の雑誌やマスメディアで情報発信されてますが、何を伝えたいですか?

鏡 楽しさですかね。占いを通して、人の代弁者になることの楽しさというか。
例えば、恋愛運などに関して、占い師はいろんなメタファーや占いのいろんな言葉を使って、作家や詩人のように表現しますよね。そういう楽しさです。

田中 鏡さんは大衆との同調性がすごいというか、シンクロ性が高いというか。

鏡 でも、それが本当にできる人は、作家や詩人なのかなと思います。
僕らの強みは、伝統的な占いが持っている言葉のストックを使えるところで、それがズルいところでもあるんですけど。

田中 時代は変わっても人が悩むことって、ほぼ同じようにも思えますが。

鏡 でも、どこか違いますよね。「景気が悪くなってきたな」って感じます。
僕が最初やっていた頃は、相談者はみんな自己実現に向かっていたし、恋愛も楽しんでいましたから。最近はせちがらいからか、「お金に困って」とかが多くて、励まさなければいけないですから。

田中 そういう感覚を持ちながら、執筆されているんですね。

鏡 ジェンダー問題もありますし。昔は、彼氏彼女って平気で書けたけど、今は気を遣うでしょ?
これは占いの具体性や抽象性の問題とも関わっていて、社会が多様になればなるほど、占いとしての表現はより幅広く対応すべく、抽象的になるんです。

以前は海外の方が多様性があったけど、最近は日本もそうなりつつありますよね。
昔はよく「もっと具体的に書いて」と編集者から怒られていましたけど、今や「もうちょっとかっこいい言い方ないですか」とか言われます。

田中 時代によっていろいろ変わるんですね。でも、読んで元気になってほしいという思いはありますよね?

鏡 それはもう。新型コロナで騒然としている今もそうですけど、東日本大震災のときに強く思ったことがあって。

一大事なときにも、仕事の締め切りって来るわけですよ。
「なんで、こんな星占いをこんなときに書かなアカンねん、こんなん、なんの役に立つねん、それどころちゃうやんか・・・」って強く思いながら書いていたんですけど。
そのときハタと、こういう心底無意味なものが存在しうることの重要性を感じたんですよね。
つまり、「今日のラッキーカラー」とか、まあ言ったら慰めでしかない「いらないもの」じゃないですか。

田中 あはははは、そんなことはないと思いますよ。

鏡 究極、いるか、いらないか、で言えばですけど。でも、そういうもの(占い)が存続しているということで、その人にとっての日常が回復していくんです。
その重要性を震災のときに感じたのを、今、また思い出しました。

田中 僕もお笑い芸人で漫才やっているとき、震災のときは同じジレンマを感じましたね。

鏡 「不謹慎なんじゃないか」とね。

田中 そうなんですよ。「その点、元気づけられる音楽っていいな」と思いましたもん。

鏡 でも、お笑いも元気になるじゃないですか。

田中 まあ、そうですね。結局、アートというジャンルはすべてがそうなのかもしれません。その意味で、占いもアートですよね。

鏡 占いが他のアートと違うのは、メディアなどにおける「習慣性」と「継続性」なんです。
占いの場合、日常的に続いている感があります。雑誌の連載をしてきて思ったのは、読者にとって占いコーナーはあって当たり前で、ちょっとした日常の支えになっているということでした。

つまり、占いは「日常性の確認」という役割を、メディアを通して果たしているのかもしれませんね。
ええこと言うてもうた! 違うとこでエッセイにしよ(笑)。

 

占い結果の「良し悪し」は伝えなくても答えが見えてくる

田中 ところで、占いの結果が良くない場合、相談者にどう伝えたらいいとお考えですか?

鏡 「良い・悪い」の形では伝えない方がいいと思うんです。ちょっと前のアメリカの占星術スクールでは「良い、悪い」を言うと生徒から罰金をとるぞと冗談で言っていたこともあるという。
それは、「良い悪いではなく、もっと別の形容詞を使おうよ」という動きでもあったわけですが。

田中 なるほど。そうであっても「良いの?悪いの?」と知りたがる方もいましすし。

鏡 そこで問われるのが、占い師の技量なんです。そこでパッと答えない技量が必要です。それは、一般的なカウンセラーも一緒です。
「私どうすればいいんですか? このアルコール依存でDVの旦那とは別れた方がいいんですか?」と聞かれて、「別れなさい」と言っても、相談者もそれはわかっていることで。
本当に技量のある、パワーのあるカウンセラーなら、そこは答えないんです。全力で答えないようにする。

田中 それは「あなた次第です」ということですか?

鏡 河合先生によれば、「答えないでいても、そのうち相談者との間でわかってくることがある」ということなんです。

田中 「あなたに任せます」とも違うんですね?

鏡 単に「知らんがな」と突っぱねるのではなく、占い師が答えを断定しないで、じっくりと相談者の心が動き出すのを待つのが理想でしょうねえ。「ああ、あなたのホロスコープには今、こんな星が現れていますね。あなたはどう思う?」などと、相談者に振りながらやり取りしているうちに、“その場で何かが起こってくる”んです。

田中 話しているうちに、相談者の心模様が変わってきたりしますしね。悩みの対象に対しての感情が、どんどん変化する人もいます。

大切なのは救いを見出す方向へ導くこと

田中 人生に対し、「宿命と自由意志」はそれぞれどのくらい影響していると思いますか?

鏡 わからないですね・・・。宿命というものがあるのかどうか、そこからしてわからない。
ただ、人生には「運命を感じる」ことがあったりしますよね。
運命という言葉を使わないまでも、「なんで俺だけ!?」とか「なんでこんなときに!?」と感じるとき、暗に運命を自覚しますよね。

そういうときは、「自分の意志と現実が不調和を起こしている」とも感じるものですよね。その不調和を確認して、再調整するのが占いの役割なのかなとも思います。

田中 あぁ、占いをそういうふうに使えばいいということですね。

鏡 難しいことですけど。古典的な魔術と宗教の相違観にも通じます。
宗教学では伝統的に、正当な宗教と魔術を区別しようとしてきたんですよね。「こうやったらうまくいきますよ」というのは魔術であり、マジックです。行き過ぎると、願望や欲を満たす目的でのブラックマジックになり得ます。
お祈りして神様に「委ねます」というのが、宗教です。
厳密には、あまりこんなふうな区別はできないと思うけれど、うまくすると使えますよね。あまりにも操作的になると良くないと思いますが。

結局、占いをどう使うかは、個別のケースによって違ってきます。究極の達人レベルになれば、その人がその場にいるだけで、問題解決や不調和な状態の修復ができるのかもしれないけど。
でも、そんなことは僕には無理だし、せめて僕にできるのは、宿命や運命にはこんな考え方があるよという、運命論の系譜みたいなものを並べてあげることぐらいかな。

田中 相談者からすると、「いい結果が宿命的にやって来てほしい」という願望があるんですよね。

鏡 対面鑑定している人にとっては、切実な問題ですよね。田中さん自身は、悪い結果が出たらどうしますか?

田中 悪いなりに良い方向に修正するアドバイスをします。例えば、もう一回、アドバイスの観点から占ったりするなどして。

鏡 易などの「卜占(ぼくせん)」ならそれもできますけど、生年月日から占う「命術」の場合は?

田中 良いアスペクトを拾っていくとか。

鏡 救いになるところを探るわけですね?

田中 そうです。ウィリアム・リリーもそうですけど、ホラリーチャートのいいところを探そうとすごく努力します。僕もそういうスタンスです。

鏡 「カターキー」というやつですね。ギリシャのカタルケー、もしくはカターキーという占いがあり、「イニシアチブ」という意味があります。
神々との交流において、人間が最初にどういう行動を起こすべきか、そのお伺いを立てる占いで、その意味では「宿命はない」んです。

田中 なるほど。例えば悪いチャートであってもそこに良い要素を見つけ、どうイニシアチブをとるかを考えるわけですね。
では、術者の人格と占いの実力は関係あると思いますか?

鏡 これは、わからないですね。教科書的には、ウィリアム・リリーも「なるべく清らかな」って書いていますが、そう言うても、リリーもいろいろとね(笑)。

田中 彼もずいぶん、批判することが多い人ですから(笑)。

鏡 これね、西洋の精神史を参照すると、めちゃくちゃ大きな問題なんですよ。カトリックにおける、いわゆる「秘蹟の人効論・事効論」の歴史的な論争がありますし。“破戒して、戻ってきた聖職者が執り行うミサに効果があるかどうか?”という・・・。

「人格的に問題のある聖職者のミサには効果がない」と単純には考えがちだけど、そうなると「神と教会の権威はどこにあるのか」ということになる。
ややこしい論争ですし、僕なんかには論じきれませんが、リリーのこの一行をとっただけでも、本当はこんな重大な問題が控えているわけですよ。

田中 占い師に言い換えるなら、占いそのものに力があれば、占い師個人は関係ないと。

鏡 いや、大いにあるとは思うけれど、でもね、現実にはそんな単純じゃないでしょう?占い師は、白か黒かキレイに割り切れない人の側に立つことも求められるんだから。
だからこそ、意味があったりもするわけで。例えば、“ブラックジャックがいい人か悪い人か問題”ってあるやん?

田中 あははは、そうですよね。

鏡 この前対談したユング派の精神科医、秋田巌先生がそのことを論じておられます。ブラックジャックは「ディスフィギュアード・ヒーロー」というアーキタイプだと言います。鼠小僧とかもそう。
「異形の英雄」「傷ついた英雄」といった意味で、自分が“悪寄り”であることをわかっていて、悪を認識しながら善を生きるみたいな存在ですね。

田中 なるほど、だから占い師も意義があると。

メタレベルで客観視しながら新しい形の占いの未来へ

田中 最後にお聞きしたいのは「占いの未来について」ですが、これからどうなっていくでしょうか?

鏡 それは、まさに田中さんの肩にかかっていると思いますよ。

田中 いや、そんな、あはははは。

鏡 いや、田中さんの熱意とパワーと能力は本当にすごい。いつも楽しそうに語っているし。
いろんなことをやってらっしゃるけれど、「儲けたろ」とか「ビュー数かせいだろ」というのとはまったくモチベーションが違うし。
純粋な探求心とそれをエンジョイできることは、ものすごいことだと思いますよ。

田中 ありがとうございます。僕は占いを始めたのが遅いので。高校2年生からやっているとはいえ、本格的には2008年からですから、まだまだ全然です。
・・・で、占いの未来はどうなっていくんでしたっけ?

鏡 だから、田中さんの肩にかかっていると(笑)。
そうですね、占いは今後、いろんな方向に展開していくと思います。ネットを中心に新しいビジネス展開もするだろうし、エンタメとしても新しい形が出てくるだろうし、コースとして家元を作っていくような仕組みも増えるでしょうね。
アカデミックなレベルでやる人たちもいて、それこそ「ダイバーシティ(多様性)」な状況が生まれるんじゃないかな。

田中 特にSNSの普及で、海外の占星術家とのコミュニティ作りも盛んですよね。ネットワークによって、驚くほど横のつながりができる時代で、どこの国にいてもZOOMで講座が受けられたり。

鏡 そこが今、圧倒的に面白いところですけど、同時に、極めて限られたオタク的なサークルでもあるということを忘れちゃいけいない。占星術コミュニティなんて、小さいですよ。
だから、そこだけ見ていると寂しいものがあるので、狭いコミュニティだけで完結しないようにしないと。
狭いコミュニティにいる際は、「今、自分は違うパラダイムに生きている」ということを、常に認識しながらアウトプットしていくようにするというか。

田中 世間に対し、占いというものを、どう還元すると一番いいですか?

鏡 人によると思いますけど、僕にとって重要なことは、「本来売ってはいけないものを売っているという認識を持てるか」なんです。
つまり、ちょっと恥じらいの精神を持ちつつ、占いができるかどうか。それが「メタレベル」で客観視するということですよね。

だからと言ってインチキなものを売っているんじゃないし、僕たちがやって来たトラディションってあるわけで、それを表現するような近代の言葉がないだけだと思っているんですけど。
でも、その言語化は急いではいけないし、難しいです。急げば、疑似科学になるので。

田中 そうですね。では、占い業界は発展していきそうですか?

鏡 形を変えながら生き抜いていくんでしょうね。ほんと、しぶといから。
なぜかと言えば、人間の思考や営みの基礎の部分で、占いというものが作動しているからです。将来を知りたいという願望だけでなく、もしかしたら、近代科学を支えているような考え方のベースになってもいますし。

これまえでの近代科学は、人間の思考の中でももっとも表面的な、アルゴリズム化しやすいところを使って構築されている気がします。
けれどもっとその下のところに、まだAI化できていないようなアルゴリズムみたいなものがあって、経済ですらそういうところから生まれている。だから我々は経済をコントロールできないんです。

それと同じような思考の流れのようなものが、人間の知性の深いところで動いていて、それがトランスペアレント(透明)な形でかいま見えるのが、占いや深層心理学だと思うんですね。
そういう形で人間という生物の根幹にかかわっているので、「占いは死なない」と思う。でも、我々占い師が思っている形で残るのかは、わからないですけどね。

田中 今後、やりたいことは?

鏡 軽い入門書として、“占いの哲学”に関する本を書いてみたいですね。占いは本来、哲学や宗教のメインテーマでした。プラトン、アリストテレス、アウグスティヌス他、名のあるほとんどの哲人たちが古来、占いを真剣に論じています。

でもそのことがあまり知られていないのは、重要ではないとしてカットされてきたから。そのへんのことを、論文は無理としてもエッセイ風にまとめてみたいと思います。
なんて言ったけど、これは野望だなあ。

田中 わかりました。ありがとうございます。

鏡 最後はちょっと大上段に言いすぎましたが(笑)。

 

おまけのQ&A 教えて、鏡さん
※今回は田中さんも参加しました。

──新型コロナウイルスに関して、動画やブログ等では、今回のことを独自にいわゆるスピリチュアル的な解釈をして発信する方々がたくさんいます。
中には、結果的に不安を煽るような内容もありますが、こうした風潮をどうお考えですか?

鏡 確かにスゴイ状況ですよね。でも、新型コロナについては、私の知る限り、誰も予言していませんでしたし、少なくとも占星術では「予言できない」ということが、今回わかったかと思います。

となると、こういう非常時は、やはり科学に頼らなければいけません。
東日本大震災のときもお伝えしましたが、こうした非常時の際に我々占星術師が気をつけなければいけないのは「予言への誘惑」です。

占星術も文化のひとつですが、人間が生み出す文化とは、そもそも“本来シームレスな自然に区切りを打ち込んでいく”という、反自然な作業です。
その文化が正しく営まれていれば、自然の秩序を感じる方向に作動します。
一方で、逆の方向へと利用してしまうと、極めて危険な終末論や人心をかく乱する流れを生んでしまうんです。それは権力批判や革命にもつながる、もろ刃の剣です。

田中 「占いで世を惑わすな」っていうことですよね。

鏡 そうです。占星術と科学とを、メタ(俯瞰した)な視点から見ることが大切です。
皮肉なことに、そうするとクールすぎて、占いにパワーは無くなりますが(笑)。占いで人の心を癒すことができるのか、という問題にもなってしましいます。

──今回のパンデミックに関して、天体にサインが現れていなかったのでしょうか?

田中 占い師の方々はけっこう、「今年はヤバいよ」とは言っていましたけど、そのヤバさがどういう形で現れるか、ましてや「疫病」と具体的に言っていた人などいませんでしたよね?

鏡 そうそう。「後付け」なら、いくらでも言えますしね。「ヤバい」という声はありましたけど、今回は事前に読み解けていなかったわけで。

教科書的に言うと、過去を振り返ってもエイズやスペイン風邪など、疫病が蔓延するときは現在の天体配置と同じ「土星・木星のパターン」が関わっていました。
それにもかかわらず、今回のパンデミックを予見することはできなかったんです。
それと、このパンデミックで露見したのは、“世界がこれほどまでにネットワーク化されている”ということだと思います。

田中 確かにモンゴル帝国の崩壊の原因の1つがペストの大流行だったのも、結局、巨大なネットワークができあがっていたからこそですし。
現在の世界も、そんなふうに全部がつながっている状態なんでしょうね。

鏡 あともうひとつは、“インフォメーション・パニック”。実際にはわからないことだらけなのに、さまざまな情報が飛び交って方針が決めにくい。
これは、今年から始まる「風の時代」、つまり「情報の時代」の影の部分を人類は見せられている、ということです。

田中 そうですよね。2020年の今年は、“風のサイン(宮)でグレートコンジャンクションが起こり、200年続く「風の時代」の始まりの年”と言われています。12世紀のスペインのユダヤ教学者のアブラハム・イブン・エズラは「風の時代は小麦の価格の上昇と飢饉が世界的に起きる」と書いています。

鏡 それを予言的な情報として扱うと、問題が出てくるでしょうね。 200年続くとされる「風の時代」という長いスパンでの出来事としてですけどウィリアム・リリーは風の時代について「賢い人がルールを決める。その賢い人に、数学者と占星術師は入る」という意味合いのことを書いています。
なので、これからは「我々占星術師の時代かな」って思っていますけど(笑)。

田中 あはははは。古典にはこうした傾向みたいな記述が、ちゃんと残っているんですよね。

鏡 結局、今回のパンデミックが象徴しているのは、世界的に人口が増え続けていけば、破綻をきたす可能性も高くなるという警鐘なのかもしれません。人間が世界的に活動を縮小したことで、皮肉なことに自然環境が回復しています。

田中 同時に、「接触感染を避けるためのキャッシュレス決済」「オンライン会議や講義」「ビデオ通話」「リモートワーク」などが重視されて、今後さらにネットを中心にしたバーチャルな世界が発展していきそうですよね。

 

鏡リュウジ
占星術研究家・翻訳家。1968年京都生まれ。国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。占星術の心理学的アプローチを日本に紹介し、従来の「占い」のイメージを一新。英国占星術教会会員。日本トランスパーソナル学会理事。平安女学院大学客員教授。京都文教大学客員教授。
主な著書に『占星術の教科書』(原書房)『タロットの秘密』(講談社現代新書)、『占星術の文化誌』(原書房)、訳書に『ユングと占星術』(青土社)、『魂のコード』(河出書房新社)、『占星術とユング心理学』(原書房)他多数。
https://ryuji.tv

『占星術とユング心理学 』
リズ・グリーン著/鏡リュウジ監修/上原ゆうこ訳/原書房

 

田中要一郎
たなかよういちろう/占術研究家。芸人。1974年和歌山県生まれ。早稲田大学卒。高校時代より占いに興味を持ち、研究を始める。西洋伝統占星術、インド占星術、七政四余など古典をベースとした東西の占星術を比較研究する。五術研究家の阿藤大昇の門下で「三式、三典」を伝授され、香港の世界五大風水師の筆頭であるレイモンド・ローからは風水を伝授される。レイモンド・ロー公認風水師。占術は日本のみならず中国、インド、欧米の諸師にも学ぶ。主な占術は、「西洋伝統占星術」「子平」「インド占星術」「風水」「易」「タロット」「人相・手相」「姓名判断」など多岐にわたる。
翻訳書籍は『子平推命基礎大全』(梁湘潤著、太玄社)、『クリスチャン・アストロロジー第1&第2書』『クリスチャン・アストロロジー第3書』(いずれもウィリアム・リリー著、太玄社)。

田中要一郎の占術世界
http://uranaigeinin.com/

ブログ
https://ameblo.jp/uranaigeinin/
http://gree.jp/tanaka_yoichiro/blog

『クリスチャン・アストロロジー第1&第2書』
ウィリアム・リリー著/田中要一郎訳/太玄社

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