ヘルメス・J・シャンブの「“在る”の息吹」/vol.7 薄暗い路地にて

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2月に新刊『ヘルメス・ギーター』が発売され、スタピチャンネルの動画でも人気のヘルメス・J・シャンブさん。
今回も、ヘルメスさんお得意の“小説タッチの気づきの物語”をお届けしましょう。
※2冊目の著書『道化師の石(ラピス)』も小説仕立てで、独自の世界観を伝えています。

『へルメス・ギーター』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

スタピチャンネルで動画を公開中!

薄暗い路地にて

悪ガキというよりも不良という呼び名がしっくりとくる、制服姿の男子学生が三人歩いていた。薄っぺらな、鞄の役割を果たしていないものを脇に抱えながら。
彼らは一人の青年の後をつけていた。密かにというよりも、バレても問題がないという感じで。
学生服姿のその青年は、後ろを気にすることもなく、本を読みながら、同時に、昨夜に雨が降ってできた水溜りを避けるために、時々ちらちらと前方を確認しながら歩いていた。

すると目の前で、自転車に乗った少女が転んでしまい、膝を擦りむいたようだった。車が突然、飛び出してきて、少女は驚きのあまり転倒したのだった。
「大丈夫?」と青年は駆け寄った。「膝を怪我したのかい?」
「私が悪いの」とその少女は言った。膝から血が出ているが、大した怪我ではなさそうだ。
青年は言った。
「自分が悪いと思ってはいけないよ。でも、相手が悪いわけでもない」
彼は、手のひらをそっと少女の膝に当てた。驚きのあまり、少女の目は点になった。みるみるうちに、怪我がすっかりと消えていったからだ。

青年はニコリと微笑むと、すっと立ち上がって、その場から去って行った。少女には、言葉がなかった。
その様子を見ていた、不良たち三人が、お互いの顔を見合わせた。どこか決意のようなものを新たにして、お互いそれぞれ確認し合い、それからまた青年の後をつけて行った。

人通りのほとんどない路地に差しかかった時、「おい」と青年に声がかけられた。振り向くが早いか、青年は二人の男に両腕を掴まれ、そのまま暗い路地に連れて行かれた。持っていた本が手のひらから落ちて、地面の水溜りで濡れた。
「お前か、噂の奴は」とリーダーのような男が言った。
「ケンちゃん、間違いないよ、こいつだ、みんなからキリストって呼ばれてる」と仲間が口添えをした。
「一年生のくせに」ともう一人の学生が言った。「生意気なんだよ」

もちろん、キリストと呼ばれているのは、半ば冗談でもあった。けれども、彼が様々な奇跡を起こして、同じクラスのみんなを助けていることは、もはや学年を飛び越えて噂になっていた。
いきなり、リーダーの男が、その青年の顔を殴った。
「ケンちゃん!」と思わず仲間が言った。予想外だったのだろう。
「ざまあみろ」ともう一人が言った。「ケンジ、俺にも殴らせてくれよ」と続けると、彼もまた青年の顔を殴った。

「アキちゃん!」と仲間が言った。あまりに急展開だと思ったのだ。
「いいぞ、アキオ」とケンジが褒めた。それから言った。「おい、タカシ、お前も一発ぶん殴れよ」
けれども、タカシはためらった。心のどこかでは、殴るべきではない。殴ってはいけないと強く思っていた。
「おい、タカシ、どうした?」とケンジが、早くやれ、と念押しをする。
 だが、タカシの体は動かなかった。むしろ硬直してしまい、恐怖を覚えていた。

「じゃあ、俺がやるよ」と口を出して、アキオがまた殴る。
青年は鼻血を出していて、唇も切れていた。けれども、その青年は抵抗して騒ぐことはなかった。ただ殴られるがままにされている。リーダーのケンジが殴り、アキオも続けて殴り、それから二人はタカシを見て「どうした? お前も早くやれ!」という目つきで睨みつけるのだった。

その時、「やめて!」と声が聞こえた。甲高い、か細い声だった。不良たち三人が慌てて振り向くと、一人の幼い少女が立って、こちらを見ていた。三人は驚きのあまり、一瞬、言葉を失った。
それからケンジが呟いた。「なんだ、驚かせやがって」
「ガキが」とアキオも続けて言った。
二人は安心した。何も問題はない、大丈夫だと思った。タカシもまた安心したが、その安心感は二人とは異なっていた。

「もう、そろそろ今日はやめよう」とタカシは言った。
リーダーのケンジがタカシを厳しい目つきで睨む。「は?」と言わんばかりに。
「ケンちゃん、こいつは、前から臆病なんだ」とアキオが言う。「どうしてケンちゃんは、こいつを連れて歩くんだ?」
だが、ケンジはそれに対して返答はしなかった。
少女が歩いてきて、青年の前に立った。両手を精一杯に広げて、「もう、止めて」と言い、不良たちを睨みつけた。
「さっきの、自転車のガキだ」とアキオが言った。
少女は、ガタガタと震えていた。不良たちの誰もが、それに気づいた。少女はとても怖がっていて、今にも泣き出しそうだったが、懸命に訴えた。
「誰も悪くない。誰も悪い人はいない」

それを聞いたアキオが嘲笑って、バカにした。
「おいおい、こいつは頭がおかしいよ、俺らよりも頭が悪いんじゃないのか? これじゃあ、俺らの学校にも入れないぜ」
だが、ケンジとタカシはじっと黙ったままだった。笑えなかった。その様子を見て、アキオが少しだけ冷静になる。
「ケンジ、どうした? 人が来る前に、もっとやってしまおうよ」
けれども、どうしたことか、リーダーの男はもうやる気を失っていた。
「おい、ケンジ!」とアキオが怒鳴った。苛立ちを隠せなかったからだ。

それでもケンジは無言のまま立ち尽くした。タカシは、何が起きたのだろう、と不思議に思った。いつもなら、先陣を切って動き出すのに。
アキオは我慢ならず、ついに意を決して言った。
「おいケンジ、前から思ってたんだ、お前は根性がねえ、お前が俺に指図するのが俺は前から好きじゃなかったんだ、なんで俺がお前に従わなきゃならねえんだ?」
アキオは感情を爆発させた。もう自分でも抑えることができなかった。
「おい、なんなら俺がお前よりも強いってことを、今ここで証明してやるぜ」
そう告げると、アキオはケンジに殴りかかろうとした。と、その時だった。

「やめろ!」と咄嗟にタカシは言って、ケンジの前に立ち塞がった。「ケンちゃんは俺の親友だ、昔からの仲間だ、ケンちゃんには手を出させねえぞ」
アキオは驚いて、呆然とした。少女もまた驚いていた。そして、ケンジもまた同じ心境だった。
薄暗い路地はしんとして、鎮まり返った。

アキオは、どうすれば良いのかわからなかったが、気づいた時にはもう歩き出していた。彼らを背にして、その場から去っていた。
ムカつき、腹が立ち、どうしようもない苛立ちがあふれていた。それをどうすることもできなかった。だが、どこかで、諦めるしかないとわかっていたのだ。
アキオの背中を見送って、ケンジとタカシはお互い顔を見合わせたが、言葉が何も出てこなかった。

そんな二人の間を、殴られた青年がすっと通り過ぎて行った。少女に礼を言うこともなく、不良たちに何かを言うこともなく、ただ、何事もなかったように歩いて行った。
本が、水溜りに浸かって濡れている。青年はかがんで、その本を手に取った。

すると、どうだろう、その本からはあたかも新品のような香りがして、どこも濡れてはいなかった。ほんの少しも、濡れてなどいなかった。

 

ヘルメス・J・シャンブ
1975年生まれ。30代前半、挫折と苦悩を転機に、導かれるように真理探求の道に入る。さまざまな教えを学び、寺で修業し、巡礼の旅に出るが、最終的に「全ては私の中に在る」と得心、悟入する。数回に分けて体験した目覚めにより、ワンネス(一つであること)を認識し、数々の教えの統合作業に入る。「在る」という教えは、これまでの師たちの伝統的な教えであるため、師たちの名前を借りて「ヘルメス・J・シャンブ」と名乗り、初著作『“それは在る』を執筆。 その後『道化師の石(ラピス)』も刊行。現在は、ナチュラルスピリットでの個人セッションなどで、探求者たちに教えを伝えている。
https://twitter.com/hermes_j_s
https://note.com/hermesjs

『道化師の石(ラピス) BOX入り1巻2巻セット』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

『 “それは在る』
ヘルメス・J・シャンブ著/ナチュラルスピリット

 

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