イラストテーマ「イザナギ」

こんにちは、エネルギーワーカーのTYA-TYA(チャチャ)です。
今回も、戦争で亡くなった方の魂に祈った体験をご紹介します。

沖縄旅行で焼きついた「ひめゆりの塔」の少女

2019年から2020年には、地球のあちこちで、第二次世界大戦に関係する御霊が天へと上がられたように思います。それがなされたのは、多くの方が土地に祈り、魂に祈ることを通して、です。
私もそのような、祈りのチャンスをいただきました。

2006年頃、寒川神社で大和魂に手を合わせ、金縛りに合ってしまった私は、いくつかの「祈りの旅」にご縁をいただいて参加し、少しずつお祈りや御供養を経験していました。
離婚して数年経った私は、新しいパートナーと巡り会ってもいました。

そんな、2020年正月3日のことです。パートナーの実家で彼の母とよもやま話をしている と、「ひめゆりの塔」の話になりました。

彼の母が、沖縄旅行でひめゆりの塔を訪れた時のこと。「50人ほどの女学生が写っている写真を見ていたら、1人の少女が写真から浮かび上がり、迫ってきたの」と言うのです。

「もう、沖縄の旅はそのこと以外覚えていないというくらい、その女の子がまぶたに残って離れなくてね」と話してくれました。
「帰ってきてからも、しばらくそんな調子だったから、困ってしまったのよ。忘れよう、気にしないようにしようって、決めたんだけど。あら、今日は思い出しちゃったわ」と。

浮かばれない魂たちが続々と行列することに

さぁ、ここからは、信じるのも信じないのもあなた次第の世界。
その話を聞いているうちに、おかっぱ髪の女の子が目の前に浮かんできて、私の左腕にしがみついたではありませんか!

私は観念して、パートナーのお母さんに言いました。
「女の子、出てきちゃいましたね。私の腕にしがみついてます。
助けてって言っているみたい。一緒にお祈りしましょうか?」

そう言うと、彼の母の顔はパッと明るくなり、うれしそうに「ええ!」と言いました。

私は「レムリアの叡智」として教えてもらった“祈りの真言”を唱えました。御霊が光に帰るための道を唱え、光へのゲートが開くよう祈るものでした。

彼の母が写真で見たという、50〜60人の女の子たちを想って光を送りました。女の子たちが行列して、光に向かう道を歩いていく姿がイメージに浮かびました。
そのうち、おじさんの顔が見えました。おじさんたちも列に入って、女性も加わり、大人たちが次々に歩いて行きました。兵隊さんも列に加わり始めました。

2人で祈るうちに、パートナーもテレビを消して、祈りに参加しました。
パートナーの祈り合わせによって、行列に並ぶ人の数がグッと増し、100人単位で行列に加わっていきます。
兵隊さんたちの数は、8000〜9000人にのぼりました。

日本人に対する罪悪感で光に還れない魂たち

行列を見送りながら真言を唱え続けると、アメリカ兵の隊長のような人が出てきて、私に何かを訴えました。「すまなかった」と言っているように感じました。
アメリカの兵隊さんたち約500人が、列に加わりました。
黒人さんや、いわゆるアングロサクソンという感じではない白人さんが多いと感じました。「アメリカ国内での、差別が強かったんだなぁ」と思いました。

さらに、他の約130人について、隊長のような人が言いました。
「彼らは日本人を殺したくなかっ たんだ。日本人は霊能力が強く、殺したら呪われると信じていたから」

私は、その約130人に祈りました。恐怖でなかなか上がれない彼らに、呪われるというビリーフ(信念体系)が解けるように祈りました。
癒しの緑色の光を追加し、光を送り続けました。80人ほどが列に加わりました。

残る約50人の魂は、ひときわ暗いのです。隊長はすでに列に並んでしまっていました。

私は思い出しました。日本陸軍大将に祈り、たくさんの兵隊さんたちに祈り、光に還るのを手伝った藤田桂子さんのお話を。
「罪悪感だったのよ!」と、桂子さんの声が頭の中に響きました。これがヒントになりました。
桂子さんは、最初期のスチュワーデスとして活躍した後、英国式リフレクソロジーを日本に紹介した方です。私は桂子さんにどれほどサポートしていただいたか、その生き様から、どれほど教えをいただいたかわかりません。

この時も、「なかなか上がることのできない若い将校の魂を囚えていたもの、それは罪悪感だった」という、桂子さんの言葉が思い出されたのです。

・・・罪悪感が強いから、こんなにも魂が暗いのだ。
そう思った私は、残る50人に語りかけました。
「罪を感じるよりも、光に還り、日本のために何かしていただけませんか?」と。

ケアのための水色と、癒しのための緑色の光を送りました。
「怖がったり罪悪感を感じる代わりに、罪の償いとして、どうぞ日本のために働いてください」 と、一人ひとりの魂に語りかけるように伝えました。

魂たちを迎えたのはイザナギ神とイエスの父

ふと気がつくと、行列が向かう「光のゲート」がある場所に、大きなエネルギー体が現れ立ち、皆を迎えていました。
よくよく意識を向けると、イザナギ神でした。明るい黄色の光の大きな球の前に立って、兵隊さんの魂たちを迎えています。

イザナミ神もいるのだろうかと姿を探しましたが、もちろん、イザナミのエネルギー体は求めればいつもイザナギ神の側にいるのですが、兵隊さんの魂たちを迎えたのはイザナギ神でした。

間もなくしてイザナギ神の隣、少し離れたところに、うっすら緑がかった光とともに大きなエネルギー体が立ち現れて、魂たちを迎えました。
それはアメリカの兵隊さんたちを迎えるイエスの光かと思って意識を凝らすと、イエスではありませんでした。イエスが「父」と呼んだ存在でした。

「ああ、日本の兵隊さんはイザナギに、アメリカの兵隊さんは大いなる父に迎えられて還っていくのだなぁ」と思いました。
光への道を歩く行列を見送り、信仰というものを思いました。

罪悪感によって、上がるのが難しかった最後の50人ほどの魂たちが、光への道を歩いて行きます。
すると、どうでしょう。彼らは道の途中で歩みを止めました。
私は一瞬動揺し、彼らの神を探しましたが、神は現れませんでした。 代わりに、2つ次元の高いところにゲートが開いて、上方向にシュンとかすかな音を立てて消えました。

Photo by Kent「祈る」

レムリアの叡智の祈りで光へと帰還

私が唱えた「光へと帰る道の祈り」の真言は、長年日本各地で地震を鎮めるための祈りを捧げてきた、九州の方に教えていただきました。
彼女はこれを、「レムリアの叡智」として伝えられたものだと話してくれました。「本来であれば、2年以上の修行をしていただいてからお伝えする内容ですが、上が今、あなたに伝えるようにと、言っているので」と、この叡智を伝えてくれたのです。

私には、彼女の妹として生きた過去生と、弟子として生きた過去生があるというのですから、人の縁というのは不思議ですね。
彼女と出会った日は、自分がまるで映画の登場人物になったように感じたものでした。

さて、先ほどの話に戻りましょう。
祈りの光がおさまり、自分の体に意識があることを確認して、目を開けました。 いつもは、「オレ、見えないから」と、手を横に振るパートナーが、「すごかったね! 今回は、オレも光が見えたわ」と言いました。
彼の母は、明るい笑顔で喜んでくれました。

光に向かった魂の数の多さに、私は後日、沖縄の戦没者数を調べてみたりしました。沖縄の戦没者数は、アメリカの兵隊さんを合わせて15万から20万人、正確なところは不明であると書かれていました。

祈りの後の数日、私は一気に老け込みました。余ほどエネルギーを使ったのでしょう。
光がチャージされますようにと願いながら、家事だけをしながら、ゆっくり過ごしました。

私の気力と体力は、2週間ほどかけて少しずつ回復しました。「お祈りごとは、めったやたらにしていいものではないなぁ」と、毎度のように思うのです。

ゲートの前に現れたイザナギ神、生と死と、魂の不思議。
何を信じるかということ。信仰やその生み出す世界についても、思いを馳せる私でした。

 

 

TYA-TYA
作家、ライフコーチ、エネルギーワーカー。自身の体調不良を機に気功による癒しに出会い、2006年より学び始める。2011年東日本大震災をきっかけに、エナジー・ワーカーとしての自分を分かち合うべく、人々の)心身の調和をサポートすることを決意。その後、四国・剣山で神秘体験をし、「祈りの旅」を経て本格的な波動の世界の探求に入る。慈愛の波動で、各人の神経系とエネルギーフィールドを美しく蘇えらせ、思考を超える叡智が人生に働き出す「解放・浄化・再接続・再誕生」を促すエネルギーワークを提供している。
https://www.tya-tya.com/

 

イラスト/キタモリケント
赤鉛筆画家。会社経営の傍ら、赤鉛筆画を通して人々の陽転を後押しすることを喜びとしている。2019年7月の終わり、赤鉛筆でイザナギを描いたところ、普通の鉛筆では描けなかった絵が描けることに気づく。目の前に見ている対象物の過去や未来、静物であればそれが生きている姿など、パラレルワールドに在るそのものを描くように心がけている。

 

『シフォア・コズミック・チャンネル』
TYA-TYA著/ナチュラルスピリット

 

おすすめの記事