このたび発売された、17世紀のイギリスの大占星術師による名著『クリスチャン/アストロロジー』(ウィリアム・リリー著、太玄社)の翻訳に携わった、田中要一郎さん(写真右)。ご自身も、占星術や四柱推命、風水など多岐にわたる占術を習得し、占い師と風水師としての顔を持ちます。

今回からスタートするのは、田中さんが占い界の重鎮クラスのゲストを招いてお聞きする、スペシャルトーク。
「平成から新しい年号へと移り変わるこの時期に、伝統に根ざした占いを行う一流の占術家たちを迎え、見解をお聞きしたいと思います。占いに関するありがちな切り口ではなく、もっと根底の部分にスポットを当て、掘り下げてみます」というコンセプトのもと、普段は明かさない裏話も飛び出す予定……。
1回目のゲストは、田中さんの知人でもあり、五術研究家である山道帰一さん。風水や仙道の老師たちに学び、200年続く学派の「選ばれし伝人」を継承するほど、抜群の記憶力と頭の切れ、ロジカルな弁舌の才能にあふれた方です。
2人の占術の専門家による、ディープな世界をお届けしましょう。

占術の世界に入ったきっかけ

田中 占い師のほとんどの方は、占いの技術についての本は書いても、ご自身が表に登場しない場合が多いので、どういう人なのか分からない場合が多いんですね。今回、占いという技術もそうですが、それを扱う人物の方にスポットライトを当てて、占いに対してどうお考えになっているのか、哲学的な観点や思想も伺ってみたいと思います。
占いの実践者であり研究者の立場から、私自身の観点で、踏み込んでお聞きしたいと思います。

山道 田中さんがこんなふうに、まじめに話すことは少ないからね。元々、お笑い芸人なので、「なぜ、こっちの道にきたのか?」それをインタビューした方が面白いと思うんだけどね(笑)。

田中 (笑)。1回目ということで、皆さんに向けて自己紹介をいたします。
私は高校時代から趣味で占いをやり始め、2008年から本格的に占いを始めました。最初は中国系の占いから学んだんですが、そのうちインド占星術を勉強し、それに関連して、西洋伝統占星術へと幅広く学んでいったんです。
その過程で、「五術」について、私の先生である五術研究家の阿藤大昇さんから教わるようになりました。

山道 田中さんと出会ったのは今から10年くらい前で、阿藤さんから学び始めてすぐのことでしたよね。

田中 初めて山道さんと会った時、青年実業家という印象でした。実際、当時も今も事業をされていますが、出会ってしばらくすると風水の本を出版したりして、「そういう人だったんだ!」と。それ以来、自然と親しくなりましたね。
現在の私は、西洋占星術の『クリスチャン・アストロロジー』の翻訳など、占術の翻訳や占いの鑑定、イベントをメインに活動しています。

山道 私の方は、元々、実家が「術数」などの五術を研究してたので、興味がありました。小学生の頃から、四柱推命や奇門遁甲を勉強したりするほど、占術は好きでしたね。
その好きがたたって、1990年代に大学を卒業後、台湾に留学をしました。向こうのちゃんとした機関である台湾師範大学や、中華語文研修所に席を置いて滞在し、自分なりのフィールドワークを現地で展開したんです。
台湾を選んだ理由は、中国は文化大革命によって、「五術」という文化の大半が破壊され、その部分を台湾がバックアップしていたからです。当時は、台湾でも五術が全盛期で、いろんな先生たちも生きていた頃で、様々な薫陶(くんとう=優れた人格で相手を感化し、導くこと)を受けることができました。

台湾から次に韓国に行ってフィールドワークをし、日本に再び帰ってきて、サラリーマンをしながら社会を勉強させてもらいました。その後、独立してビジネスを始めましたが、やはり、こういった分野は趣味だったので探究を続けていったんです。
そうすると、「ある程度、仕事と一体化しないと、自分の勉強自体が進まないな」という思いが湧いてきて。そのジレンマが強かったので、「仕事としてやっていくにはどうしたらいいんだろう?」と考えた結果、海外の有名な先生を招いて勉強会を開いたり、本を訳したり、研究の成果として研究書を出したりしました。
ビジネスよりも、自分が納得して満足できることが最優先だったんです。そういったスタイルに切り替え、その間に太玄社から本を出していただいて、プロとしてナリワイとして五術にかかわり、今年で11年目です。
占いという言葉は私はあまり好きではないので、一般の人たちに、もっと伝わるための「五術」や、古典である「術数」を伝えたい想いがあります。
自己紹介、長くなっちゃったけど……。

「五術」とは?

中国五術のこと。主に、以下を指す。
生年月日時を用いて人生を見通し、組み立てる指針のための道理「命術」/四柱推命(八字)・九星気学・紫微斗数。
*中国五術以外の命術として定義できる占術は、西洋では西洋占星術・インド占星術など。
変化し続ける時間の行く末を現在から見る「卜術」/周易・断易・梅花心易。
*中国五術以外の卜術として定義できる占術は、タロット・ルーン。
物体から意識に与えられる現象を分析して占う「相術」/手相・人相・姓名判断・風水など。
病気を治すための治病法・中国医術を意味する「医」/鍼灸・漢方・方剤・整体術・按摩術・手当など。
大地自然の精・気・神を駆使して心身を健康にするための養生法「山」/気功・呼吸法・食事療法など。

医学の延長として海外で風水を探究

田中 山道さんの生まれは東京ですが、「五術」を行う家庭に生まれたんですね?

山道 はい。職業としてではなく、先祖代々で継承していたんです。その内容について、私は兄から教えてもらいました。小学校4年生くらいの時から四柱推命を習ったんです。

田中 やっていて、「当たっている」という実感はありましたか?

山道 当時は、「楽しいものを見つけたな、友だちとシェアしたい」と思い、一緒に四柱推命を勉強し、切磋琢磨できました。小中時代はクラスメイトの運命を調べてみたり。

田中 職業にしたいと思ったのは、いつ頃?

山道 それは全く思わなかったですね。職業にすることによって、自分の好きなものを嫌いになってしまうこともありますから。
単に「自分が知りたいことを勉強したい」という、知識欲だけだったんです。それは例えば、私が主催する風水セミナーなどに来る人たちも、知識欲からですよね。

田中 大学生の頃はどうでしたか?

山道 インド哲学や仏教哲学などを勉強していました。元々、宗教学に興味がありましたし。インドにはよく行きましたよ。アシュラムに行って瞑想して、ベジタリアンな生活をしたり。

田中 インド占星術などは?

山道 興味はありましたね。知的探求のために、世界のあちこちに行きました。一番長くいたのは台湾だと思います。伝統社会という閉じられた世界に足を踏み入れるのが、まずは自分の課題でしたから。
向こうの五術の世界に入っていくのは大変でしたよ。どこの文化圏でもそうだと思いますが、90%が怪しい分野ですから(笑)。

田中 言葉の壁は?

山道 なかったですね。半年もすれば、日常会話くらいはできるようになりました。現地の言葉をしゃべって、質問して、その文化圏で通用する人間になりたいという思いが大きかったですね。

田中 向こうで、本物かニセモノかを見分けられましたか?

山道 わからなかったです。というのも、当時の90年代後半は、日本だと風水のことをあまり学べない状況で、本格的な専門書は少なかったと思います。今でもそうですが、五術が「誤術」になっていたり(笑)。

田中 当時は、マンツーマン? もしくは講習会のような感じでしたか?

山道 マンツーマンです。大抵、向こうで勉強するとなると。
現地で教本を買っているうちに、五術専門の出版社の社長を通じて、指導してくれる人を紹介してもらえました。
とはいえ、当時、一番興味があったのは中国医学のほうだったので。学生時代からずっと気功を学んでいて、大学でもサークルを作ったくらいでしたから。
当時、中国大陸では「法輪功事件」以前(以降は廃止)は、中国最高位国家資格と言われていた「特級気功師」試験にも合格するほど、人体医学にも興味があったんです。今にして思えば、医学部に行けばよかったんじゃないかと(笑)。
元々、四柱推命や易も、医学との兼ね合いが強いものです。だから、幅広く関心をもって学んでいた感じです。

田中 そこから風水へと、どうやって繋がっていったんですか?

 

山道 山道 やはり、医学の延長ですよね。「なぜ、人は年齢や体型、生活のスタイルが似ている人同士でも、住んでいる場所によって、病気のなり方や寿命が違うんだろう?」という疑問がありました。
その結果、「天地人」という根本に気づいたわけです。

「天地人」とは?

●天とは「時間」を表す。
●地とは「空間」を表す。
●人とは「人間」(じんかん)を表す。

この三つ巴で因果関係を観ていかないと、中国五術の分野では何ひとつ見えてこないんです。
この人間(じんかん)と言われる医学を追求した結果、〝空間と時間を追求しないと、病気の原因が見えてこない〟と思うに至りました。
これが、風水を探求したきっかけです。

風水とは生き残る知恵である

田中 世界五大風水師である、香港のレイモンド・ロー氏を日本に紹介したのは、何がきっかけだったんですか?

山道 日本では風水の体系というものが、いろんな流派という枠組みの中で捉えられていたので、偏りがあるんじゃないかと思っていました。ですので、海外で受け入れられているレイモンド・ローという世界標準が、日本に根付いていくといいなと思いました。
彼の功績とは、英語で初めて四柱推命を出したことにあり、欧米社会と香港を中心とする東南アジアで活動していました。

田中 そのあと、山道さんはご自身の書『地理風水大全』(河出書房新社)を出版されたんですよね?

山道 そうです。日本の風水に違和感がありましたので。家の間取りしか見ないような「理気(りき)」だけの風水が横行していましたから。
風水というのは、そういうものではないんです。「地理風水」と言われるように、非常に「地理」を重んじます。専門用語でいうと、「巒頭(らんとう)」=周辺環境に対する理解、それが日本の風水には当時欠如していました。

例えば、同じ間取りでも、取り囲む環境が違うと、その間取り自体の意味が変わってくるんです。
そういったベースの部分を伝えたかったんですけど、書いていたら、いつの間にか500ページくらいになってしまって。自分が理解したことを書くと、実用書のつもりが完全な専門書になってしまうという、歯がゆさはありますけどね(笑)。

田中 (笑)。でも、飛び抜けた専門書でしたよ。深く網羅されていて、今でも「巒頭」に関する風水書で、日本ではこれ以上の本は現れてないですからね。
風水の基礎的なことで、まだはっきりしていないことですけど、風水の発展の歴史は、何がスタートとなるもとだったと思いますか?

山道 一番始まりの部分は、「人が生き残っていくための知恵だった」ということでしょうね。元々の概念である〝場所選び〟とは、人間の生存競争にすごく関係してきた知恵だと思うんです。
どういうところに隠れれば、獣に襲われないか?
どういうところに行けば、水が確保できる?
どういうところに住めば、安全でいられて、木の実などの食料が調達できるか?
などといったことです。
だから、狩猟採集社会から牧畜農耕社会に移り変わっていく過程で、必要に迫られて生まれたんじゃないかと思います。というのも、農耕するとなると「定住生活」ですよね? 移動型の狩猟生活から定住化する際、空間が非常に重視されたのは間違いないことですから。

田中
では、風水はそもそも、どのようなものに基づいているんでしょうか?

山道 風水、つまり、風と水という2文字のキーワードからして、「自然の循環」という意味を持ちます。海面では、太陽の熱によって気体となった水が雲となります。そのとき生じる気圧の変化による大気の移動や、地球そのものの回転運動による産物=「風」によって、「水」はさまざまに変化しながら天空を巡ります。そして再び、雨となり大地に降り注ぎ、大地を巡ります。

もっと、わかりやすく言えば、「水の旅」というサイクルがあります。
水に溶け込んで海溝に運ばれたものは、海に暮らす生命の食物連鎖によって、さまざまな生命の礎となる体となります。例えば、川を遡上するサケ・マス・アユ・ウナギなどの身体となり、それらが大地の生命のヒト・クマ・タヌキ・イタチ・サギ・ウなどの糧となり、何らかの形で山へと運ばれれば、この循環の中に暮らす命は、命を紡ぎ続けられるようになっているんです。
水の旅という面で捉えると、水は人に必要とされて、海に流れて蒸発し、その水蒸気が雲となり、その雲が風で運ばれて、雨となって大地に落ちるというサイクルを繰り返しています。
この循環がないと、人も自然界も生きてはいけません。常に自然環境は、持続可能な循環をする。そのことを重視して生まれたのが、風水です。
ただし、本当に持続可能かは、このような時代だと怪しくなっていますけど。

田中 風水には、住宅にあたる「陽宅」と、墓にあたる「陰宅」がありますが、どちらの方が発生が古いんですか?

山道 陰宅の方が、古いと思います。というのも、墓という概念は儒教的な習慣からきていますから。
儒教にとって、先祖の墓の位置はすごく大事でした。『周禮』(※)には、墓を守る「墓大夫」(ぼたいふ)も登場します。※周王朝(前1046年-前256年)から時代が下り、秦の始皇帝の「中原統一」までの戦国時期(前476年-前221年)には、完成していたであろうとされる「周代の官職制度」についてまとめたもの。
墓をいじられたり、壊されることは、一家の断絶や絶滅を意味したので、墓の場所にはこだわって、特別に良い場所を選びました。
孔子による儒教発生以前の「周朝(紀元前1023~256年)」の文王(紀元前1152年 〜 紀元前1056年)が「後天八卦」を配置し、その図を様々な風水理気(りき)技法がよりどころにしているように、この頃にはすでに風水の基礎的原理が生まれていました。
「墓大夫」という役職があったであろうことからも、「陰宅」風水が実用されていたと考えるべきでしょう。
墓に対してそこまでこだわっていたなら、高官たちは当然、自分たちの住まいにもこだわっていたでしょうし、同時に「陽宅」も実用されていたことと思います。

リスクを避け続けてチャンスに出会う「3C」の教え

田中 風水を使うことで、どんなメリットがあると思いますか?

山道 ひとことでいうと、「調和する」ことができます。人間も自然環境の一部なので、再び、人間が自然環境に戻っていくことや、「在るべき場所にいる」という、人間本来の在り方を示しているんだと思います。だから、人は誰でも、風水の良い場所に住む権利があります。

田中 では、風水的に良くない場所に住んでいたら、どうすればいいですか?

山道 改善策があるならそれを勧めますけど、そうでないなら、引っ越すのを勧めるしかない場所というのもまた存在します。

田中 よく、「風水の改善策を実行するにしてもお金がかかるので、風水はお金持ちがするもの」という意見もありますが。

山道 お金持ちのものだとは、思わない方がいいです。「どれだけそれに重きをおいているか?」という、人それぞれの価値基準があります。
たとえ、経済的に豊かでなくても学ぶ気持ちがあれば、自分なりに勉強して、風水を使いこなせるようになれます。そのために私も、執筆を通じて世に風水を問うています。

田中 ということは、山道さんの講座を受けた方がいい?(笑)。

山道 講座の宣伝をしたいわけじゃないので(笑)。安易に「風水で全てが劇的に変わる」とか信じている人は、受けない方がいいでしょうね。安易で安直な発想と思考なら、受けても理解できない可能性がありますから。

私は、間取りももちろん見ますが、その人がどういうロケーションにおかれているかを見ます。それは風水師としてのモラルです。そこで暮らし続ければ悪いことが起こると事前にわかるのであれば、「そこから何としても移動してもらいたい」という、風水師としての倫理感が働きますよね。
よくいるのが、〝風水的に明らかに危険な場所に住んでいる人たち〟です。そういう人たちは、ロシアンルーレットをしているようなものです。

人には運もあります。「空間・時間・人間(じんかん)」の3つのエネルギーが噛み合うと、ある人はその人が持っている時間のバイオリズムの中で運が良く、たとえ空間のエネルギーが悪くても、人間(じんかん)のエネルギーが良くて、助かっている人もいます。

でも、ひとたび運が切り替わると、災いが降りかかるかもしれない。だから、悪い空間に住み続けるのは、ロシアンルーレットをしているのと同じなんです。
装弾数6発の中に、もしかしたら1発しか弾が入ってないため、引き金を2、3回引いても、何も起きず助かっている人もいるのかもしれないけど、残りの弾、つまりまだ使用されていない実弾が、時間の経過とともにいつ飛び出すかわかっていない。
つまり、〝自分の致命傷になることが起きてしまう可能性〟という名の実弾を残し、リボルバーを握り、頭に銃口をつきつけている状態かもしれない。「実弾が飛び出したらどうするの?」というリスクについて考えていないのは、怖いことです。

それくらい、我々風水師は、「何が致命傷になるか?」という、危険性を重視しますね。
これは、「凶を避け続けていくうちに、人はいつのまにか吉の方向に行っている。リスクを避け続けた結果、チャンスに出会う」とういう考え方に基づいています。それが、「3C」なんです。

リスクを避け続けてチャンスに出会う「3C」の教え

人間は、人生で必ず「変化(change/チェンジ)」に出会う
その結果、ある「選択(Choice/チョイス)」を迫られる。
その選択を誤らなければ、「機会(chance/チャンス)」を得られる。

その時、正しいチョイスをするために、四柱推命や風水などの五術の体系があるんです。

四柱推命は解釈でまったく意味が変わってくる

田中 四柱推命であれば、宿命という部分とチョイスできる部分が、どのくらいの割合であると思いますか?

山道 麻雀をやるのと似ています。麻雀での技術が何割かを考えた時、技術がある人ほど、運という物の見方をするのを嫌がりますよね。逆に、運のある人ほど、技術をさほど重視しないかもしれないですね。

田中 そうなると、四柱推命なら「悪い時期なら悪い時期なりに選択の余地がある」ということですか?

山道 考え方の違いによる部分が大きいですね。例えば、四柱推命で言われている「財運」。
お金のチャンスに対し、四柱推命の鑑定士が、その人のチャンスを的確に捉えたと思い込み、「あなたは、この時期にお金が入ってきますよ」と予測したとしても、実際はお金が入って来ないかもしれない。
というのも、四柱推命で「財」というのは、お金や様々な資産という象徴以外に、男性にとって「妻財」でもあり、「女性」をも意味します。なので、お金は手に入らなかったけれど女性と縁ができ、その時期、結婚したり、交際して楽しく過ごすことになるかもしれません。

四柱推命は、物事の「質」を的確に捉えることができるけれど、一般人や経験の浅い鑑定士からしてみれば、「なんだ、お金に縁がなかったのか」と捉えてしまいがちです。鑑定士が的確に分析できているか? という問題が浮上します。

ちなみに「財」は、男女で意味が変わります。女性にとって、男性の象徴となるのは「官殺」(かんさつ)」と呼ばれます。自分を主体とする五行(日主)を、剋する五行が「官殺」です。
財というのは、自分が剋する五行=相手を殴り倒して物を奪うという意味。例えば、五行で「火」の女性なら、財は五行の「金」。火の自分が溶かすことができる金が「財」です。逆に、火の自分を剋してくる五行の「水」が象徴するのが、その女性にとっての男性という意味になります。

四柱推命で「官殺」(我を剋する五行)を忌むことがなければ、社会的地位の向上や仕事の業績の評価による昇進など、仕事運に関係した喜ばしい吉祥と解釈できます。
でも、官殺を忌む人、例えば「身」(我となる五行、日主)が弱い人である「身弱」に分類される人は、場合によっては、防ぎようがない我を剋する五行のエネルギー「官災」(かんさい)という災禍にもなります。
これにあたるのは、「身弱」の人の中でも、我を生じる五行である「印星」・我が生じる五行である「食傷」を、近貼(日干に隣り合う月干、時干)したり、強く地支に現れていない人にあたります。

「官災」(かんさい)は、訴訟、裁判になるようなことや投獄されるような災いを象徴するので、まず、その人の命式の類型である「格局」は何かという判断を間違えてしまうと、当然、間違った鑑定結果になります。

四柱推命は、ありとあらゆる運命に沸き起こる現象としての「質」を読み尽くせるので、それをうまく使えるかは、解釈する人が相手の人生の機微をちゃんと捉えているかによります。
一般人と我々鑑定士は、物事の読み取り方がまったく違います。一般人は、ピンポイントを見て幅狭く捉えますが、専門的な視点からみると、運命というものの可能性は限りなく広がっていて、それをどう演繹的推理をして捉えるかは、その人の鑑定経験からくる認識のあり方次第だと捉えています。
それだけ選択肢があるということは、「人間の未来は揺れ動いている」ということ。その人の考え方とその後の人生の選択で、未来はまったく変わってしまうと思います。

田中 どうしても、一般的には吉か凶かで捉えてしまいがちですよね。

山道 それだと、小学生レベルです。「財はお金」だけで、「官は刑務所に入る」だけとか、断定して、限定して解釈するのと同じなのが、吉か凶かという二元論的な割り切り方をするだけの、曖昧な判断です。現象をとらえるのが、四柱推命の本質だと思っています。

田中 いわゆる「悪い財」の時期がやってくると、いい財の意味が出ることはまずない?

山道 もちろんそうですけど、いい財、悪い財を単純に判断するにしても、相当に熟練していないと言えないでしょう。私はいい財と悪い財の、両方の意味があると思います。
だから、いい悪いという二択的な捉え方はしません。あくまで、その財運の時期となる「行運」が命式と合わさり、「命運」としてどのような現象を起こすかを捉えていきます。
例えば、身強で「比劫」(我と同じ五行)が命式に強く出ていれば、その財の行運に対して、次のように考えることでしょう。
「あなたにお金が入りますが、知人や友人が奪いにきて、金銭的なトラブルを起こすかもしれません」と、起きてくる事柄をストーリーとして、一連の現象を見ていきます。

台湾にもいますが、悪いことばかり当てて、喜んでいる鑑定士は多いですね。我々の世界では「三流」となります。なぜなら、結果的に自分のクライアントを悪い方向に導いてしまったんですから。
この仕事の本質的な部分は、人の運命を良い方向に変えたり、運命を修正したりすることができるかにあると思います。「いかに悪いことを起こさないか」「起きたとしても最低限にできるか」が求められるわけです。

運を良くするには「陰徳」を積んで「貴人」となる

田中 一般人向けのアドバイスとして、運を良くするにはどうしたらいいと思いますか?

山道 まず、その人自身が自分の「命運」を知ることですね。よく、「開運したい」と言いますが、ある種の矛盾を含んでいます。
なぜなら、自分の命運を知らないのに、なぜ、開運できるのかという。実は、すでに運がいいかもしれないし、開運しようと思ったタイミングが、実は運が切り替わる時期だったのかもしれない。
生まれた時に、自分に解説書はついてないけれど、その解説書になりうるものが四柱推命のような「命」の学問なんです。

でも、この学問を習得するのは大変なので、その代わりに実行するといいのが「陰徳を積むこと」です。「私はいくらいくらを寄付しました」という目に見える徳を積むのは、明徳。陰徳は、隠れた徳です。
「陰徳を積んでいると、災いが起きても最小で済んだりする」とよく言われますね。陰徳は、赤子が井戸に落ちそうになった時、助けに行くようなもの。そんな打算的でない善なる心を、もっと発揮するのがいいと思いますね。

田中 運を上げるために、神社に行ってお参りするとか、墓参りに行く人もいるんでしょうけども。

山道 すごくいいと思います。お墓参りに行って、墓石を磨く人は経営者たちに多いですよね。そういう人たちの中には、経営がうまくいっている人たちを多く見かけます。それをやるから運が良くなるのではなく、それをやろうとする心がけが運を良くしてるんでしょう。
先祖や自分のルーツを敬える人間というのは、非常にヒューマニズムのある人たち。そういう人は他者との関わりがスムーズです。ボタンのかけ違いが少ない。

「どんな占術を習得しようとも、どんな風水的に良い場所に住もうとも、チャンスは必ず人間を通してやってくる」、というのが我々専門家の考え方です。
貴い人と書いて、「貴人」という言葉があります。貴人から引立てを受けたり、貴人となる人たちと縁を結べるような「礼がある人間」になることは重要です。

鑑定者が信頼できるかを見極めるには

田中 占術と人格には関係があると思います。占いを不適切に使うのとは別に、人格者かどうか。

山道 占術という技術を使う前に、誤った心の使い方をしてしまうと、非常に危険です。そういうケースをたくさん見てきました。
例えば、ある「先生」と呼ばれる人が悪質な金儲けに走り、その被害を受けた生徒さんたちがいっぱい私のところにやって来ては「助けてほしい」と相談されたりしました。いろんな風水鑑定士たちの鑑定書となる図面や案件が持ち込まれ、まるで警察や検察になったかのように、それらを検査させられたりジャッジさせられたりしたんです。まるで、風水110番になったかのようでしたよ。

よくある問い合わせが、「デタラメな内容の風水を教えられた」とか、「ある先生に風水改善してもらってから、悪いことばかり起こるから助けて欲しい」とか、「ある先生に滅茶苦茶な風水を教えられ、騙されたから正しい風水を教えて欲しい」とか。
他にも、占術をコンテンツと呼び、古典ではなくコンテンツを分けて欲しいと言う同業者や、著作権侵害が明確なテキストを配布する先生だとか、その著作権侵害のテキストから、さらにまた著作権侵害したテキストで教える先生とか、様々なそういった問題たちと、それを巻き起こす先生と呼ばれる加害者たちを、ここ10余年、ものすごい件数見つめてきました。

それで感じたのは、幸せになりたいとか、人生をよりよくしたいと思っている人たちの、善良な心をもて遊んでいる、先生と呼ばれる占術家たちが多すぎるということです。
鑑定者が人格者かどうかを見極めるのは難しい問題ですが、最低限の目安としては、その人の師匠との関わりがちゃんとできていること。自分の先生を敬い、礼を尽くしていることです。

反面、だまされる側にも問題があります。ビットコインで被害にあった人と似ています。美味しい話のする人々の、欲望を煽るだけのうたい文句と宣伝に釣られた人たちほど、被害者になることが多い。やはり、東洋系の占術での被害に遭わないためには、「嘘を嘘と見破る力」はもちろんのこと、安易な言葉の宣伝文句に、欲望を刺激されてマインドコントロールされない免疫がないと厳しいですね。
東洋系の占術で、その先生の真偽を見破る最も簡単な方法としては、「では、先生の先生は誰ですか?」と問うこと。海外と違い、日本ではちゃんとした先生に習っていなくても、東洋系の占術鑑定から指導、講義までしている人が非常に多いと思います。
皆さんは、そのことも念頭において接するといいでしょう。

田中 例えば、すごく性格が悪い、犯罪すれすれの人が「易」を習得した場合、ちゃんと当てられるんでしょうか?

山道 その人に運があれば、当てられるんじゃないでしょうか。僕から見ると、理論がしっかりしてない日本式風水鑑定をしているにも関わらず、相談者を幸せにしている人たちも見かけます。
「それ、ちゃんとした風水鑑定じゃないでしょう?」と思うことでも、その人に運があれば、人を正しく導いたり、幸せにすることもあると思います。アドバイスしたことが、相手にとってぴったりフィットしてうまくいったり。
これは、風水に限らず、スピリチュアルな分野でも同じだと思いますね。あまり理論や知識に重きを置き過ぎると、人の心を見誤ることもありますから。

田中 人格よりも、運ということですか?

山道 人格は関係があります。知識があまりなくても、その人が言っていることが意外とまともで社会性があり、お金のために人を犠牲にするような人格ではないことが前提です。なので、人格は大切です。

田中 鑑定客が、「どういう言葉をかけてもらうか」も運なんですよね。もし、変な占い師にあたったなら、それも運だと言えるかもしれません。いいことではないですが。

山道 その運というものを、自分にとってでるだけ都合のいいものにしようと思い、人はこういう技術を学ぶわけです。

占いの未来はAI化されていく

田中 占いのシーンをみて、90年代と2000年代以降では、差がありますか?

山道 思ったよりも、私らの次の世代がまったく出て来てない。「このまま五術文化は終わるのかな?」と思ったり(笑)。
明治や大正時代は占術がものすごく盛んで、専門書もたくさん出ていました。「意外とみんな、難しい本を読んでいたんだなぁ」という印象です。なので、この世界のこの学問はどんどん衰退化の一方だな、と。

田中 占いの未来的には暗いんでしょうか?

山道 姿カタチが大きく変わってくるでしょうね。この時代は、AIが物事を大きく変革中で、日常でもAIスピーカーと話せる時代ですから、やがてAIが占いをする時代になるでしょう。
逆にそちらの方が水準が高いかもしれません。知識をインプットすれば、人間のようなブレが少ないですし、AIは「今日は体調はどうですか?」などと質問さえしてきてくれます。その人のことを分析して、ぴったりのアドバイスもくれるでしょう。

その他にも、AIはクライアントの心理状態を読み取ったり、場の空気を読んだりするでしょう。占星術では、長年の研究から〝主要なアスペクトは120、90、180〟みたいなことを導き出してきた歴史があります。
それを、AIは大量のデータと数時間のラーニングにより、人間だったら発見するのにあと5000年かかるようなことを、短時間で見つけてしまうと思います。

AIが鑑定するようになるので、電話鑑定士も仕事がなくなっていくでしょうね。
例えば、AIの田中さんは、クライアントに合わせて男性・女性・中性と、性別と声色を変えて、対応することがでます。いつのまにか人気鑑定士になりました。そのぶん、生身の田中さんの占いの仕事が減っちゃうかもしれません(笑)。

田中 ははは(笑)。

翻訳の仕事にも力を入れています。11月に発売された『クリスチャン・アストロロジー』、ぜひ、読んでみてください。


山道 
ですから、占術や五術学習のチャンスと機会は、一時期、花開いたけれども、今後は2つに分かれて消えていくことと思います。五術の知識や専門性を求めていく人たち「学習者」と、そうではない人たち。
前者は、占術をするのを特段に表に出さず、裏の顔としての活動にしていくか、もし表に出るのなら、学術的な道を行くと思います。
後者は占いを心の安寧にしようとすがりつき、受動的なAI占いに占ってもらうだけの方に走るため、どんどんAIによる占術の市場と需要が高まるでしょう。つまり、学習をより必要とせず、ただ占ってもらうことを興味や趣味として、言わば占い師のもとに心理相談に来るような人たちという、2つの方向により明確に分かれいくことでしょう。

時代は変わっていきます。風水業界では、グーグルアースが現れた時というのは、1つの衝撃でした。その後、ドローンが現れてさらに衝撃でしたが、そのような近代のテクノロジーを私は積極的に取り入れていますよ。
占いの世界も、近代のテクノロジーとよりよく調和し、庶民の心の安寧のための文化としてこれまでと同じように必要とされいくことかと。ただし、そういった分野AIが占いをしていくことになるでしょうね。もちろん、田中さんの仕事も(笑)。

田中 今後、ご自身で目指すものは?

山道 人がいかに納得いく生き方ができるかという根本的なテーマを、快適なライフスタイルとして提唱することが、風水が世に伝えていけることだと思うんですね。
その第一段階を自分的には「大体できたかな」と。第二段階として次に目指しているのは、それが日本の文化になるということ。
日本の文化にあるのは「占い」じゃないですか。その占いという世界からでは見えてこないような世界観を、もっと浸透させていきたいですね。

その他には、「中医学」と「仙道」を実践し、自分なりに成果が現れています。そこから先は、晩年期に追求したいなと。なぜなら、死というものに関係してくるから。だから、私にとって五術は、死ぬまでの暇つぶしみたいなものです(笑)。

目指すものとしては、風水などの古代の知恵に触れることで、自分だけでなく、他人についても理解が及び、それが社会へと調和する形で広がっていくことです。
儒教の言葉でいえば、「修身斉家治国平天下」の中の「斉家」ですよね。家をととのえ治めることであり、それが根幹にあって初めて、「治国平天下」という幸せが見えてくる。
手の届くところから始めて、影響力をもっと広げていく。社会を感化したり、風紀を正したりするという志しや影響力も、まず自分や自分の手の届くのまわりから適応しはじめてこそ、意義がある。
それは自分の世界の中から広めていく世界なのだと思っています。だから、生徒にいつも言うのは「風水を自分に使え!」です。
それが、古代の聖賢が五術を研究し、自らに用いることから始めて、最終的には願った「治国平天下」という世界のあり方であり、その願いは今も昔も変わらないと思います。
長くなっちゃっいましたけど……。

田中 いえいえ。今回は、ありがとうございました。

 

おまけのQA 教えて、山道さん

──五術の大家の方たちは、その占術の効果が、ご自身にも反映されているわけですか?

もちろんです。私は、風水の悪い家に住んでいる風水師のことは、絶対に信用しないですね。
見かけが立派な豪宅であっても、風水で良いとされる「陽宅」とは違うことがあります。そういう家は立派であっても、破財する人が多いです。

──逆のパターンは? 見るからに古びた古屋みたい家でも、風水的にはすごくいいというケースは?

ありますね。田舎に行くと、そういう建物がありますね。ちまたで盛り上がっている、有名なお菓子メーカーがそうです。都内のたくさんの有名デパートにお菓子が売られてるのに、メーカーの本店を見たら、「あれ?」みたいな建物なんだけど、でも、風水的にはすごく良かったです。

──では、すきま風が入って、なおかつ、地震が来たらグラつきそうでも、風水的には良い家もあるのですか?

あります。風水では家に対し、使われている建材が立派だとか、高気密住宅が良いとかではなく、どういったエネルギーがその家に入って来ているかという、気と人間の「感応」が大事です。

──住まいを愛すると、住む人のエネルギーで家のエネルギーも良くなるのですか?

良くなり得ます。風水の悪い場所に住んでいるけれども、その場所をすごく愛している人がいるとします。
確かに、風水的な影響で、現実面で困ることが起きているけれど、その人はその家の風水的な意味を知らない状態です。そこを愛しているから、そこを動かない。
だとしたら、愛しているならいいんじゃない、悪いことが起きても風水のせいにしないでしょうし、ということです。
風水の良くない家は、鑑定の前段階で住所をグーグルで調べれば判明します。そのような家に住む人から鑑定を申し込まれても、お断りすることがしばしあります。なぜかというと、引っ越したばかりだったり、ローンで買ったばかりの家だったりすると、「そこから移る」という発想や決断力、価値観まである人というのは、風水を学んだ人以外には無理であり、とても酷なことだからです。
その代わり、そのような人たちには、まずは風水の勉強をすることをお勧めします。知識や技術を身につけて、自らの実践力で、今住んでいる場所の風水の善し悪しを判断し、快適な住まいを勝ち得るだけの知識と鑑定能力を身につける。そうしてていただくのが、多く人にとって、理想的な人生を創造するうえで有効だと思っています。

山道帰一
やまみちきいつ/五術研究家。五術に造詣の深い家元の家庭に生まれ、幼少の頃より五術を学ぶ。東洋大学印度哲学科を卒業し、台湾師範大学、韓国西江大学に留学。中国・台湾において道教・仙道のフィールドワークの後に日本に帰国。アジアにおける正しい伝統文化のあり方を志向し、世界的に著名な風水師たちからも活動を高く評価され支援されている。風水、養生学指導を通じて活動範囲は、大学機関・法人に広がり、環境を配慮する建設・環境保護団体などから、高い評価を受けている。台湾五術界の国宝的存在である鍾進添老師の高弟。
著書は、『玄空飛星派風水大全』『風水住宅図鑑』『風水・擇日 万年暦』(以上、太玄社)、『完全定本【実践】地理風水大全』(河出書房新社)、『風水パワースポット紀行』(メディア総合研究所)。
その他に、『【実践】四柱推命―人の運命と健康のあり方』(レイモンド・ロー著、山道帰一監修、 島内大乾訳、ナチュラルスピリット)など、訳書も多数。

風水山道
http://blog.yamamichi.org/

玄空飛星派風水大全
(山道帰一 著/太玄社)

田中要一郎
たなかよういちろう/占術研究家。芸人。1974年和歌山県生まれ。早稲田大学卒。高校時代より占いに興味を持ち、研究を始める。西洋伝統占星術、インド占星術、七政四余など古典をベースとした東西の占星術を比較研究する。五術研究家の阿藤大昇の門下で「三式、三典」を伝授され、香港の世界五大風水師の筆頭であるレイモンド・ローからは風水を伝授される。レイモンド・ロー公認風水師。占術は日本のみならず中国、インド、欧米の諸師にも学ぶ。主な占術は、「西洋伝統占星術」「子平」「インド占星術」「風水」「易」「タロット」「人相・手相」「姓名判断」など多岐にわたる。
翻訳書籍は『子平推命基礎大全』(梁湘潤著、太玄社)、『クリスチャン・アストロロジー第1&第2書』『クリスチャン・アストロロジー第3書』(いずれもウィリアム・リリー著、太玄社)。

田中要一郎の占術世界
http://uranaigeinin.com/

ブログ
https://ameblo.jp/uranaigeinin/
http://gree.jp/tanaka_yoichiro/blog

『クリスチャン・アストロロジー第1&第2書』
(ウィリアム・リリー著、田中要一郎訳/太玄社)


 

2018年12月15日(土)開催

『クリスチャン・アストロロジー 第1書&第2書』
出版記念 伝統占星術講座 受講要項
日程:2018年12月15日(土)
時間:13:30~16:30
場所:東京都内(お申し込み時にご案内いたします)
料金:18,000円
詳細はこちら

 

 

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