占い師・田中要一郎の占術談義/1回目〈五術研究家〉山道帰一:風水は快適に生きる知恵、四柱推命はあなたの取り扱い説明書です

このたび発売された、17世紀のイギリスの大占星術師による名著『クリスチャン/アストロロジー』(ウィリアム・リリー著、太玄社)の翻訳に携わった、田中要一郎さん(写真右)。ご自身も、占星術や四柱推命、風水など多岐にわたる占術を習得し、占い師と風水師としての顔を持ちます。

今回からスタートするのは、田中さんが占い界の重鎮クラスのゲストを招いてお聞きする、スペシャルトーク。
「平成から新しい年号へと移り変わるこの時期に、伝統に根ざした占いを行う一流の占術家たちを迎え、見解をお聞きしたいと思います。占いに関するありがちな切り口ではなく、もっと根底の部分にスポットを当て、掘り下げてみます」というコンセプトのもと、普段は明かさない裏話も飛び出す予定……。
1回目のゲストは、田中さんの知人でもあり、五術研究家である山道帰一さん。風水や仙道の老師たちに学び、200年続く学派の「選ばれし伝人」を継承するほど、抜群の記憶力と頭の切れ、ロジカルな弁舌の才能にあふれた方です。
2人の占術の専門家による、ディープな世界をお届けしましょう。

占術の世界に入ったきっかけ

田中 占い師のほとんどの方は、占いの技術についての本は書いても、ご自身が表に登場しない場合が多いので、どういう人なのか分からない場合が多いんですね。今回、占いという技術もそうですが、それを扱う人物の方にスポットライトを当てて、占いに対してどうお考えになっているのか、哲学的な観点や思想も伺ってみたいと思います。
占いの実践者であり研究者の立場から、私自身の観点で、踏み込んでお聞きしたいと思います。

山道 田中さんがこんなふうに、まじめに話すことは少ないからね。元々、お笑い芸人なので、「なぜ、こっちの道にきたのか?」それをインタビューした方が面白いと思うんだけどね(笑)。

田中 (笑)。1回目ということで、皆さんに向けて自己紹介をいたします。
私は高校時代から趣味で占いをやり始め、2008年から本格的に占いを始めました。最初は中国系の占いから学んだんですが、そのうちインド占星術を勉強し、それに関連して、西洋伝統占星術へと幅広く学んでいったんです。
その過程で、「五術」について、私の先生である五術研究家の阿藤大昇さんから教わるようになりました。

山道 田中さんと出会ったのは今から10年くらい前で、阿藤さんから学び始めてすぐのことでしたよね。

田中 初めて山道さんと会った時、青年実業家という印象でした。実際、当時も今も事業をされていますが、出会ってしばらくすると風水の本を出版したりして、「そういう人だったんだ!」と。それ以来、自然と親しくなりましたね。
現在の私は、西洋占星術の『クリスチャン・アストロロジー』の翻訳など、占術の翻訳や占いの鑑定、イベントをメインに活動しています。

山道 私の方は、元々、実家が「術数」などの五術を研究してたので、興味がありました。小学生の頃から、四柱推命や奇門遁甲を勉強したりするほど、占術は好きでしたね。
その好きがたたって、1990年代に大学を卒業後、台湾に留学をしました。向こうのちゃんとした機関である台湾師範大学や、中華語文研修所に席を置いて滞在し、自分なりのフィールドワークを現地で展開したんです。
台湾を選んだ理由は、中国は文化大革命によって、「五術」という文化の大半が破壊され、その部分を台湾がバックアップしていたからです。当時は、台湾でも五術が全盛期で、いろんな先生たちも生きていた頃で、様々な薫陶(くんとう=優れた人格で相手を感化し、導くこと)を受けることができました。

台湾から次に韓国に行ってフィールドワークをし、日本に再び帰ってきて、サラリーマンをしながら社会を勉強させてもらいました。その後、独立してビジネスを始めましたが、やはり、こういった分野は趣味だったので探究を続けていったんです。
そうすると、「ある程度、仕事と一体化しないと、自分の勉強自体が進まないな」という思いが湧いてきて。そのジレンマが強かったので、「仕事としてやっていくにはどうしたらいいんだろう?」と考えた結果、海外の有名な先生を招いて勉強会を開いたり、本を訳したり、研究の成果として研究書を出したりしました。
ビジネスよりも、自分が納得して満足できることが最優先だったんです。そういったスタイルに切り替え、その間に太玄社から本を出していただいて、プロとしてナリワイとして五術にかかわり、今年で11年目です。
占いという言葉は私はあまり好きではないので、一般の人たちに、もっと伝わるための「五術」や、古典である「術数」を伝えたい想いがあります。
自己紹介、長くなっちゃったけど……。

「五術」とは?

中国五術のこと。主に、以下を指す。
生年月日時を用いて人生を見通し、組み立てる指針のための道理「命術」/四柱推命(八字)・九星気学・紫微斗数。
*中国五術以外の命術として定義できる占術は、西洋では西洋占星術・インド占星術など。
変化し続ける時間の行く末を現在から見る「卜術」/周易・断易・梅花心易。
*中国五術以外の卜術として定義できる占術は、タロット・ルーン。
物体から意識に与えられる現象を分析して占う「相術」/手相・人相・姓名判断・風水など。
病気を治すための治病法・中国医術を意味する「医」/鍼灸・漢方・方剤・整体術・按摩術・手当など。
大地自然の精・気・神を駆使して心身を健康にするための養生法「山」/気功・呼吸法・食事療法など。

医学の延長として海外で風水を探究

田中 山道さんの生まれは東京ですが、「五術」を行う家庭に生まれたんですね?

山道 はい。職業としてではなく、先祖代々で継承していたんです。その内容について、私は兄から教えてもらいました。小学校4年生くらいの時から四柱推命を習ったんです。

田中 やっていて、「当たっている」という実感はありましたか?

山道 当時は、「楽しいものを見つけたな、友だちとシェアしたい」と思い、一緒に四柱推命を勉強し、切磋琢磨できました。小中時代はクラスメイトの運命を調べてみたり。

田中 職業にしたいと思ったのは、いつ頃?

山道 それは全く思わなかったですね。職業にすることによって、自分の好きなものを嫌いになってしまうこともありますから。
単に「自分が知りたいことを勉強したい」という、知識欲だけだったんです。それは例えば、私が主催する風水セミナーなどに来る人たちも、知識欲からですよね。

田中 大学生の頃はどうでしたか?

山道 インド哲学や仏教哲学などを勉強していました。元々、宗教学に興味がありましたし。インドにはよく行きましたよ。アシュラムに行って瞑想して、ベジタリアンな生活をしたり。

田中 インド占星術などは?

山道 興味はありましたね。知的探求のために、世界のあちこちに行きました。一番長くいたのは台湾だと思います。伝統社会という閉じられた世界に足を踏み入れるのが、まずは自分の課題でしたから。
向こうの五術の世界に入っていくのは大変でしたよ。どこの文化圏でもそうだと思いますが、90%が怪しい分野ですから(笑)。

田中 言葉の壁は?

山道 なかったですね。半年もすれば、日常会話くらいはできるようになりました。現地の言葉をしゃべって、質問して、その文化圏で通用する人間になりたいという思いが大きかったですね。

田中 向こうで、本物かニセモノかを見分けられましたか?

山道 わからなかったです。というのも、当時の90年代後半は、日本だと風水のことをあまり学べない状況で、本格的な専門書は少なかったと思います。今でもそうですが、五術が「誤術」になっていたり(笑)。

田中 当時は、マンツーマン? もしくは講習会のような感じでしたか?

山道 マンツーマンです。大抵、向こうで勉強するとなると。
現地で教本を買っているうちに、五術専門の出版社の社長を通じて、指導してくれる人を紹介してもらえました。
とはいえ、当時、一番興味があったのは中国医学のほうだったので。学生時代からずっと気功を学んでいて、大学でもサークルを作ったくらいでしたから。
当時、中国大陸では「法輪功事件」以前(以降は廃止)は、中国最高位国家資格と言われていた「特級気功師」試験にも合格するほど、人体医学にも興味があったんです。今にして思えば、医学部に行けばよかったんじゃないかと(笑)。
元々、四柱推命や易も、医学との兼ね合いが強いものです。だから、幅広く関心をもって学んでいた感じです。

田中 そこから風水へと、どうやって繋がっていったんですか?

山道 山道 やはり、医学の延長ですよね。「なぜ、人は年齢や体型、生活のスタイルが似ている人同士でも、住んでいる場所によって、病気のなり方や寿命が違うんだろう?」という疑問がありました。
その結果、「天地人」という根本に気づいたわけです。

「天地人」とは?

●天とは「時間」を表す。
●地とは「空間」を表す。
●人とは「人間」(じんかん)を表す。

この三つ巴で因果関係を観ていかないと、中国五術の分野では何ひとつ見えてこないんです。
この人間(じんかん)と言われる医学を追求した結果、〝空間と時間を追求しないと、病気の原因が見えてこない〟と思うに至りました。
これが、風水を探求したきっかけです。

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